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新月の夜に

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「・・もう。月が明るい。」
「じゃあ次回。」
男は、笑みを見せ、女から離れた。
胸ポケットから、印字された紙を女に渡した。
「約束はしませんが、これが満月と新月のおおよその日付です。時間は20時がリミット。居なければ都合が悪いということで。」
「はい。」
「いいんですか?」
「お願いしたら、何か変わりますか?」
男は、ぎゅっと唇に力を込めて、小首を傾げた。
「そうでしょ。だから今は『はい』とだけ。じゃあ、もう一度だけキスしてください。」
男は、触れる程度のキスをした。
女は微笑んだ。
男も笑った。
男は車を走らせた。
「ここでいいですか?」
「ええ。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
男は、女を川沿い近くに下ろすとそのまま走っていった。
家に帰った女は、ベランダに出してあった傘をしまいながら、空を見上げた。
厚い雲が空を覆い、しばらく待ってもその日はもう満月は見えなかった。
次に訪れる新月の日を女は、待ち遠しく思った。

ある日曜日の午後。
女の夫が、テレビを見ながら声をかけてきた。
「コーヒー入れてくれる?」
「・・あ、え?!何?」
「あ、コーヒー欲しいんだけど、頼める?」
「あ、はい。コーヒーね。ブラックでいいの?」
「牛乳入れて、オーレにしてもらおうかな。」
「ホットのオーレね。」
夫の言葉に女はマグカップを用意した。
「何かあった?」
「どうして?はい、どうぞ。」
女は、夫の前にコーヒーを出しながら答えた。
「ぼんやりしてるから、つまらないのかなって。どこか出かける?」
「べつに行きたいところはないし。日曜日だし、ぼんやりだってするわよ。」
女は、ごく自然に答えた。
「この頃、たまにぼんやりしてることあるから、体調でも悪いのかなってね。」
「心配ないわよ。元気だから。」
「じゃあ気にしなくていいよね。」
「大丈夫。困ったことはちゃんと言うから。」
女は、キッチンに行くとジャガイモの皮を剥きながら、心の中の塊を鎮めた。
(いつも通り。普段通り。何も変わらない。・・・・・。)
呪文をかけるように繰り返し念じた。

作品名:新月の夜に 作家名:甜茶