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新月の夜に

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「どうして、満月?」と男は聞いた。
「どうしてかな・・。別に天体に興味があるというわけでもないし。・・・よくわからないから宇宙のことは。」
女は、理由らしき言葉を捜した。
「月は、ひとつなのに地上(ここ)から見ると三日月だったり満月だったり、違った形をしてるでしょ。羨ましいな。」
「羨ましい?」
「んーとも違うけど、違う自分になりたい時ってありませんか?」
「変身願望?」
「変身はできないけど、本当はこういうところもあるとか、私ってこんな人だったのかとか。」
「変わってますね。」
「そうですね、たぶん。可笑しいでしょ。ふふ。」
「もっと変わりますか?」
また雲に隠れた月。
「月も休憩ですね」
男は、女のほうへと体を移動した。
初めて重ねるわけではなかったが、顔をずらした。
「嫌ですか?」
女は、男を見た。
男は唇を重ねた。
女は・・・・・。
「あなたが、何処の誰でどういう人の奥さんなのか、正直気になります。でもここにいるあなたが私にとっての気になる人。」
男は、運転席に体を戻して女を見た。
「キスをしたら、どんな顔してくれるかなとか、髪の香りとか、柔らかい・・・。」
「柔らかい胸かな?大きさは?お尻は垂れているかな?ってですか?」
「いやそんな事・・・少しだけ思いましたが。」
女は、吹き出すように笑った。
「そんな特別じゃないですよ。たぶん奥様と変わらない。いらっしゃるんでしょ。
もっとも、私よりスタイルのいい方でしょうけどね。」
「あーいや・・ヤブヘビだったかな。」
男は、しかめっ面をしながら前髪をぽりぽりと掻いた。
「ありがとう。興味を持っていただいただけでも、なんだか嬉しい。」
「もう一度、キスしていい?」
女は、ゆっくり頷いた。
男は、少し緊張した。
同意を得られたことで、勢いに任せたキスはどうかと考えてしまった。
重ね合わせた唇は、やがて舌が触れあい、絡めて啜った。
女との離れそうな口元は、座席の背がフォローする。
息をつかなければならないほど、長い間、触れていた。
女の吐息が甘えるように聞こえた。
男の息は僅かな煙草の香りがした。
お互いにいつ離れるともなく重ね合う。まるで言葉を交わすかのように想いを伝え合った。
雲間に姿をみせた満月がふたりを照らしていた。

作品名:新月の夜に 作家名:甜茶