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てっしゅう
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「哀の川」 第六章 直樹の独立

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「そうなの、その事もあるけど、好子から付き合いなさいよって、後押しもされたの。昔のような気持ちは湧き上がらないけど、どこかでくすぶっていたんだね・・・会って話をしてみようと言う気持ちになっているの」
「ボクは、裕子さんの今の自然な気持ちに従ってゆくべきだと思いますよ。男と女は理屈じゃないし、誰かが決めれることでもないから」
「そう、経験豊富な?直樹さんのアドバイスよね?ウフフ・・・ありがとう。麻子はどう思う?」
「・・・姉さんが幸せになるのなら反対しないわ。まずは良く話し合って欲しい」

裕子はもうすでに逢う決断をしていた。直樹と麻子が後押ししてくれる言葉を聞きたかったのだ。

ダンスの大会はプロを除くアマチュアで行なわれ、優勝者へはプロの道が用意されていた。直樹と麻子はたとえ優勝してもプロになる気はなかった。自分の可能性に挑戦しているだけと言う、スタンスなのだ。裕子のダンススクールは大会優勝者が出ると物凄い宣伝にはなる。生徒集めには欠かせない要素なのだ。いま自分が恋愛のことでうつつを言っている時じゃないぐらいの事は承知だ。加藤に大会が終わるまで返事を待って欲しいと伝えていた。

「直樹さん、麻子、この話は二人の大会が済むまで保留よ。今は最後の大切な時期だから、私もそしてあなたたちも健康とモチベーションを高めることだけに集中しましょう。いい事?」
「そうですね、余計なことを考えていてはいけない、と思います」
「私も同じよ。直樹とのコンビネーションを崩さないように過ごしてゆかないとね・・・」

本番が近づくたびに練習のボルテージは上がってゆく。時に深夜に及ぶこともあった。幸い二人とも仕事がないのでダンスに集中できるから、その進歩は凄いものがあった。今はもうノーミスで踊れる。後は表現力だけだ。直樹は自分のモチベーションが上がったきっかけになったフラメンコを麻子にも見せたいと考えた。裕子と三人で金曜日の夜に予約をしてレストランに行った。

あの日と同じメンバーで同じプログラムだった。麻子は女性のダンサーの動きをじっと見つめていた。裕子も手先の動きやステップの取り方をじっと見ていた。何か得たものがあったのだろうか、麻子は裕子に呟いた。
「姉さん!ほらあそこの場面の動き使えるわね。激しい動きの中に柔らかい足の運び・・・対照的で素晴らしいわ!ねえ、どう?」
「麻子、さすがね、見ていたのね。私もそう感じた。やってみましょう」
「何話しているの?二人で?」
「直樹さん、ありがとう、今日はとっても有意義なものを見せてもらったわ。感謝ね」

麻子が洗面に行った隙を見て、「ねえ、誰とここへ来たの?好子でしょ?言わないから話して」
「はい、良く分かりましたね。ビックリです・・・」
「でも許すわ、ここへ来て最後の仕上げが見えたから。直樹さん、きっと優勝できるわよ!」
「本当ですか!よし、頑張らなくちゃ」

興奮を抑えきれずに直樹はレストランを後にした。今までより少し暖かい風が直樹に吹き付ける。家路の足取りは、前回の好子の時とは比べものにならないほど軽かった。

いよいよ大会の日が近づいてきた。毎日遅くまで何度も何度も仕上げの練習をしている。麻子が考えた新しいステップは直樹の動きとは逆行する対比が売り物だ。乱れる事がないように何度も何度も合わせた。高く足を上げる麻子のポーズはセクシーで尚且つその足の美しさゆえ官能的でもあった。男と女の永遠のテーマ「ジェラシー」のサウンドに乗せて、その動きは麻子の想いを乗せているかのように、執拗であからさまな表現を見るものに植えつけるようだった。

裕子はその二人のダンスの完成度の高さに大会への自信を深めた。このまま、ミスがなく終了できればきっと最高の賞に輝くと思えた。

当日がやってきた。麻子は車に純一と母親を乗せ、会場に向かった。直樹は衣装を麻子に預けて、自分は地下鉄で向かった。九段にある日本武道館で大会は行われる。出演者のみ許可制で駐車場が確保されていた。純一は母親のダンスを初めて観る。この日をとても楽しみにしていたから、朝からそわそわしていた。一番良く見える席に麻子の母親と並んで座った。

「ねえ、おばあちゃん、ママきっと勝てるよね?」
「もちろんよ、ママはとっても練習していたからね。一緒に踊る男の人も仲がいいから、きっと上手く出来るよ」
「うん、ボク一生懸命応援するから・・・」

大会は役員の宣言から始まって、それぞれの部門別にスタートした。ジュニア、ハイスクール、そして一般と進行していた。直樹と麻子の出番は、もうすぐだ。踊る本人達より、一番ドキドキしているのは裕子と母親、それに純一だろう。会場のアナウンスで、二人は紹介された。

「ママの番だね、ママ〜、ママ〜、頑張ってね!」
純一の声が大きく響いた。にっこりと笑顔で麻子は手を振った。直樹と構える、曲がスタートした。会場内がざわめいている、それは麻子の衣装と目を引くしなやかな身体と、整った顔立ちにであった。ジェラシーの曲に乗って進んでゆく。麻子がフラメンコから得た、独特の動きを始めた。直樹の動きと鮮やかに対比されテンポを乱すことなく、そして大きく足を上げて決めのポーズをとった。会場から大きな拍手が巻き起こった。最後のポーズでダンスは終了した。

裕子は泣いていた。完璧だったからである。息が上がっている麻子は感激に我を忘れて、直樹に抱きつきキスをした。再び会場が拍手で沸いた。

「ねえ、おばあちゃん!ママキスしてるよ」
「それはねとっても嬉しいからよ。一緒に踊った男の人がきっと好きになったのよね。純一は功一郎パパの子供だけど、ママは一緒に踊った直樹さんという人が好きなのよ。今はママを直樹さんに貸してあげてね、解る?おばあちゃんの言う事?」
「うん、ボクの事も好きで居てくれる?ママは・・・」
「当たり前よ!純一は世界でたった一人のママの子供なのよ。命に替えても守ってくれるわよ。直樹お兄さんは、きっと純一も気に入る素敵な人よ。後でご挨拶しっかりしましょうね」
「うん、おばあちゃん、ママが好きな人を僕も好きになるよ。心配しないで、ママを悲しませるようなことはしないよ。パパのこと嫌いじゃないけど、今はママの事だけ考えているよ」
「純一・・・よく理解できたわね!さすがにママの子だ。さあ、裕子とママのところへ行こうか?」
「うん!」大きな返事だった。初めて観た母親のダンスの感動も手伝って、純一は気持ちが高ぶっていた。

楽屋から出てきた麻子を見つけて飛びついた。麻子も抱きしめた。
「ママ、ママ、やったね。凄いよ、ママは一番綺麗だったよ」
「純一!ありがとう、思い残す事はないわ。頑張ったから・・・」後は言葉にならなかった。純一ももらい泣きをしていた。直樹はじっと傍で見ていた。麻子は、恥ずかしそうに直樹を純一に紹介した。

「直樹さん、斉藤直樹って言うの、ママの大切なお友達。仲良くして上げてね」
「純一です。とっても素敵だったよ。ママの事・・・大好きなんでしょ?」
「純一君、直樹です。よろしく。ママのことは世界一好きだよ。純一君に負けないぐらい好きだから、仲良くしてね」