よそ者
「そういう輩はどこにでもいるさ。気にしていたら世の中、渡っていけねえ」
「肝が据わっているんだねぇ」
ママが煙草をフーッとふかした。
日曜日。漁港の漁船たちはまるで戦士がつかの間の休息をしているかのように帆を休め、停泊していた。
そんな漁港の前に乾物屋がある。恵理子はそこで買い物を済ませた。乾物屋の親父は恵理子のことを覚えていた。この親父もまたスナック「マリ」の客なのだ。親父は「へへっ、夜の蝶、夜の蝶」などと下品な笑いを浮かべながら品を恵理子に手渡した。
恵理子はフラッと漁港の堤防の方へ行ってみることにした。そこは休日ということもあり、多くの釣り人でごった返していた。
恵理子はそんな釣り人の中に見慣れた顔があることに気付く。そして近づくと声を掛けた。
「おじさん、こんにちは」
麦藁帽子をグイと上げて覗かせた顔は隣人の横田であった。横田は恵理子とわかると、すぐに人懐っこそうな笑顔を浮かべ、「おお、こんちは」と返した。横田のバケツには何やら魚がたくさん泳いでいる。
「何を釣っているんですか?」
「ハゼだよ。この漁港では一番釣れる魚かな。ちょっと投げりゃキスなんかも釣れるし、あっちの岩場ではカサゴやメバルなんかも釣れる。おっと、また来た」
そう言って、横田はハゼを抜き上げた。恵理子はハゼを繁々と眺める。長さ十五センチにも満たないその魚は、飴色に光り、釣り針を咥えて、未だ釣り上げられたことが信じられないような顔をしている。
「愛嬌のある顔をしているわね」
「そうだろう。大食いで結構、とぼけた魚さ」
横田の瞳が三日月のように笑った。恵理子も微笑を返す。
「儂は独りやもめだからな、天ぷらなど揚げないが、煮つけでも結構、美味いもんだ」
「へえー……。何なら、今晩、うちで天ぷらを揚げましょうか?」
「おお、そりゃいい。じゃあ、儂は酒でも持っていくよ。まあ、二級酒だがね」
横田の顔が更に緩む。横田はアオイソメと呼ばれる虫餌を器用に釣り針に付けると、仕掛けを放った。竿もリールも年季の入った、かなり使い込んだ物のようであることが、恵理子にも見て取れた。
「ねえ、もう少しここにいていいかしら?」
「退屈せんかね?」
「たまには海でも見ながらお日様に当たるのも悪くないわ」