よそ者
楠本が一万円札を三枚、見せびらかす。三万円と言うのは、この町のソープランドに比べてもいささか高い相場だった。
「四万よ。昨日と相場が変わったの」
恵理子が楠本を一瞥して言い放った。楠本の全身がわなわなと震えた。
「て、てめえ……」
楠本が三万円を床に放った。それははらはらと舞い落ちる。
顔を真っ赤に紅潮させた楠本が、拳を振り上げ、恵理子に殴りかかろうとした時だった。不意に楠本の足を払う者がいた。それは先ほどより静かに水割りを飲んでいた栄一だった。
楠本は足を払われ、無様にも床に転がった。
「て、てめえ、何しやがるんだ!」
楠本が吠える。栄一は楠本の方を向いてはいたが、椅子から腰を上げてはいなかった。完全に頭に血が上ったのだろう、楠本は懐から折りたたみのナイフを取り出した。「カチン」と不気味な音を立て、刃を剥き出しにする。それは薄暗い照明をもらって、鈍く光っていた。だが、栄一が顔色を変えることはなかった。
「てめえから死ねやーっ!」
楠本が栄一に向かって突進してきた。栄一はフラッと椅子から立ち上がると、ヒョイとナイフをかわす。だが、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで栄一の右腕が動いた。
バシッ!
乾いた音がスナックの中に響いた。楠本の身体は少し宙に浮いただろうか、仰け反りかえりながら倒れた。口からは少しの血と泡が出ている。目は白目を剥いていた。意識はなかった。
その様を恵理子もママもただ呆然と眺めていた。武田はへらへらと笑っている。
「すげえなー、お前のカウンターパンチ」
武田のその言葉にも栄一は答えなかった。
栄一は楠本の襟首を掴むと、扉を開け、店の前に放った。そして何もなかったように水割りを啜る。
「ありがとう」
恵理子が栄一の横に座ってお礼を言った。
「あんたもあんただ。その気がはなっからないなら、気を持たせるんもんじゃないぜ」
恵理子は俯いてしまった。恵理子は場末のスナックでなら、多少の小遣い稼ぎで売春をしても構わないと思っていた。ただ、ソープ嬢をしているという娘の稼ぎで女を買う楠本が許せなかったのだ。
「それにしてもお客さん、強いね。何かやっていたのかい?」
ママが感心したように言った。
「いや、別に……」
「でも元さんに目、つけられたらこの町じゃ生きていけないよ。結構あいつ執念深いからさ」