よそ者
「愛が……、欲しいの……」
蚊の鳴くような声でアイが呟いた。栄一は初対面の男にそんな台詞を易々と吐くものだろうかと疑問に思いながらも、一層きつく抱きしめる。
「ねえ、キスしてくれないかな……?」
ソープ嬢は普通、キスは拒むものである。下の口は売り物でも、上の口は売り物ではないからだ。しかしこの時、アイは黙って瞳を閉じ、栄一に唇を寄せた。栄一も何故キスをしたかったのかわからなかった。ただ、アイの脆くも崩れそうな佇まいにキスをオーダーせざるを得なかったのである。湯煙の中で二つのシルエットが重なった。
ソープランドを後にした栄一と武田はスナック「マリ」へと赴いた。別に「マリ」の常連だったわけでもない。居酒屋よりもスナックで飲みたかっただけである。
「俺は四十がらみのババアだったよ。接客も良くない。お前はどうだった?」
武田がしかめっ面をして水割りを啜った。
「俺も同じさ」
栄一はアイのことを何故か隠しておきたかった。武田に教え、「自分も抱きたい」などと言われるのは嫌だった。
「ふん……。もう行かねえ」
武田が吐き捨てるように呟くと、水割りを一気に煽った。
苦笑を漏らす恵理子が薄い水割りを作る。ママは奥で煙草をふかしている。
「お、ありがとさん。せめてマミちゃんくらいのいい女がいてくれたらなぁ」
武田が下品に笑った。
「夜遊びは身上を潰すわよ」
恵理子は愛想笑いを浮かべて、武田の冗談をかわす。栄一はただ黙っていた。
そこへバタンと無粋な扉の音を立てて、入ってきた者があった。楠本である。
楠本の目は狂気で血走っていた。その手には財布が握られている。
「ほれマミ、金ができたぞ。三万……」
奥で煙草を吸うママの顔が醜く歪んだ。恵理子は飄々と洗い物をこなしていたが、手を休めると、大きなため息をついた。
「お金を作ってきちゃったか……」
「娘がソープで客を取ったのよ」
ママが嫌味たっぷりに耳打ちする。恵理子は「なるほど」と思う。ただ女を買うだけであれば、こんなスナックで買春をしなくてもよいのだ。ソープランドへ足を向けられない事情というものが理解はできた。しかし、娘の稼ぎで女を買おうという魂胆はいかがなものかと思う理恵子であった。
「約束は約束だ」