よそ者
「ああ、また悩みの種ができちゃったわ……」
恵理子はまだ勢いよく開閉を続ける扉を、無言で見つめ続けた。
この町には飯場があった。今は国道の拡張工事の作業員たちのための飯場として潤っている。そこに集う者の大半は、訳有りの言わば流れ者のような男たちである。
土井栄一も例外ではなかった。歳にして三十そこそこだが背中に漂う寂寥は表現しがたいものがある。飯場の酒飲み仲間にも決して過去を明かさない栄一であった。
「今日の仕事は辛かったなぁ。どうだ土井、夜遊びでも行かねえか?」
仕事が終わり、撤収作業に取り掛かっていた栄一に武田という先輩工員が語りかけてきた。
「ああ、いいっスよ」
「確か、駅裏にソープランドがあったな。まあ、こんな寂れた町のソープじゃ、ババアしかいねえかもしれねえが、こんな男臭え仕事してると、女の肌が恋しくなるってもんよ」
武田は汗を垢だらけのタオルで拭いながら笑った。栄一はフッと笑うと、「そうっスね」と同調する。覗いた歯が不釣合いなほど白かった。
宵闇が差し迫る前に、二人は駅裏のソープランドの門を潜っていた。先輩である武田が先頭を切る。すぐさま遣り手の婆が愛想笑いを浮かべて出てきた。口元は笑っているのだが、瞳は笑ってはいない。どこか客を値踏みする瞳だ。少なくとも栄一にはそう感じられた。
「いい娘を頼むよ」
武田が遣り手の婆に入浴料を払う。続いて栄一も入浴料を払った。遣り手の婆はいささか卑しい手つきで、それを受け取った。
「はい、お二人さん、ご案内」
武田が手前の部屋、続いて栄一がその奥の部屋に通される。
栄一がベッドで煙草に火を点けると、キャミソールにガードル姿の女が入ってきた。まだ歳は若く二十そこそこだろうか。身体つきの華奢な女だった。顔は大して拙くない。
武田が「ババアしかいないかもしれねえ」と言っていたことを栄一は思い出し、フッと笑った。だが、その笑いがどことなく虚無的だった。
ソープランドでは女が主導権を握るのが普通だ。だが女は栄一に縋ってきた。
「何でも言うこと聞くから、好きにしていいよ…」
「名前は?」
「アイ……。お願い、優しくして……。嬲られるのは嫌……」
アイの肩は震えていた。部屋は湯殿からの湿気で蒸れていたが、アイの震えは湿度と温度を忘れさせるくらい冷たかった。栄一は思わずアイの肩を強く抱きしめた。