よそ者
「どうだ、俺の女にならねえか?」
初老の男は恵理子の手を強引に掴んできた。
「ちょっと、冗談はおよしになって」
「冗談じゃねえよ。これでも地元じゃ顔が利くんだ」
初老の男はシャツの腕を捲って見せた。そこには刺青が彫られていた。
「ちょっと、元さん。店の娘に次から次にチョッカイ出すんじゃないよ」
ママが店の奥から痺れを切らせて怒鳴った。
「へへ、ママの言うことなんて気にしてられねえ。俺は決めた。マミ、おめえ一筋だぜ」
元さんと呼ばれた男は、恵理子の手を離そうとはしない。
「いい加減におしよ。役所から生活保護を貰ってる身で女なんか囲えるわけないだろう」
ママは激怒し、恵理子の肩を抱きかかえると、後ずさりした。
「生活保護……受けているんですか?」
「そうさ、こいつは楠本元五郎っていうワルだよ。福祉で金を貰っては、酒と女に金をつぎ込んじまうのさ。こいつのお陰で今までどれだけの人間が泣いてきたことか。うちの店だってそうだよ。こいつに言い寄られた若い娘がみんな辞めていった。中には手篭めにされたのもいるっていうじゃないか。こいつは根っからのワルだよ。この町の疫病神だよ」
ママが捲し立てるように吠えた。
「このババア、よくも……!」
楠本が椅子を倒しながら、勢い良く立ち上がった。顔を高潮させ、拳を振り上げている。他の二人の客は肩を寄せ合いながら怯えていた。おそらくは、楠本のことをよく知っているのであろう。
「待って!」
楠本を制したのは恵理子であった。
「私も訳有りの女よ。抱きたいなら、それ相応の報酬を出してもらうわ」
「いいぜ。いくらだ?」
「三万よ。私が二万、お店に一万、併せて三万。生活保護を受けているあなたに払えるかしら?」
「馬鹿にするんじゃねえぞ」
楠本がニタリと笑った。そこへママが口を挟む。
「人様の税金で女を買おうっていうのかい?」
「うるせえ、俺の金だ。俺の好きにして何が悪い!」
「じゃあ、三万で交渉成立ね」
今度笑ったのは恵理子であった。楠本は財布の中身を確かめる。しかし、そこには一万円札が二枚と千円札が三枚しかなかった。
「くそっ、シケてやがらぁ。また来るからな。その時は、お前は俺の物だ!」
楠本は捨て台詞を吐くと、乱暴にスナックの扉を撥ね退けて、出て行った。直後にママがその場にへたり込んだ。