よそ者
「あんたも流れてスナックに落ち着いた身だ。お互い、身の上話を根掘り葉掘り聞くほど野暮じゃなかろう」
それは横田の言うとおりだった。恵理子には消したい過去がある。だからこそ、故郷を離れ、各地を転々としてきたのだ。その理由はここでは述べまい。
「それもそうね」
恵理子は酒をグイと煽った。その飲みっぷりが男勝りであった。
部屋の窓から覗く海が絶景だった。海に夕日が沈んでいく。夕日と水平線が溶け合い、絵の具を流したようになる。海からの風は依然強く、窓をガタピシと鳴らしていた。恵理子には、この風は永遠に収まらないように思えた。だが、横田は気にも留めず、酒を煽っている。
交わす言葉もなくなった。ただ、やるせない時間を埋めるために酒がそこに存在しているのみである。別に気まずいわけでもないのに、時間の流れが遅かった。恵理子は窓の外の夕日を眺めた。それはゆっくりと、だが地球の自転を感じさせる速さで沈んでいく。
「はあー、一人でもやるせないが、二人でも変わらんな」
横田がため息をつきながら、吐き捨てるように呟いた。
「似たもの同士が集まっても同じってわけね」
恵理子が横田の横に来た。横田がチラリと恵理子を見たが、再び空の茶碗に視線を戻す。恵理子はその茶碗に並々と酒を注いでやった。
恵理子は翌日、スナック「マリ」で水割りを作っていた。この町は寂れていながらも、背中に哀愁を湛えた男たちが、酒の匂いを求めて夜をさまよっていた。
既に二人の客がビールから水割りに飲み変えたところだった。ママの青木真理は奥に座って煙草をふかしていた。恵理子は煙草を吸わないが、煙草の匂いがそれほど嫌なわけでもなかった。
ギィーッという音を立てて、スナックの扉が開いた。入ってきた初老の男の顔を見て、ママが嫌な顔をするのがわかった。
「いらっしゃい」
恵理子は愛想良く、その男を迎えたが、ママはそっぽを向いたままだ。
「俺のボトルを出してくれ」
ママが棚からボトルを取り出し、恵理子に無造作に渡す。その仕草がいかにも嫌そうだった。
「新顔だな」
「マミです。よろしく」
マミとは恵理子の源氏名だ。恵理子は安いウイスキーのボトルで、薄い水割りを作った。初老の男はそれをグイと煽る。
「マミちゃんか……。なかなか可愛いじゃないか。なあママ?」
だが、ママはだんまりを決め込んでいる。