よそ者
「馬鹿言っちゃいかんよ。福祉の世話になってるんだぞ。スナックなんかで飲む金なんかあるわけなかろう」
「あら、ごめんなさい。じゃあ、今、お酌だけでもさせてもらおうかしら」
恵理子のその言葉に、横田の目が三日月のように笑った。
横田の部屋は、さすが男やもめと言ったところで、乱雑なことこの上なかった。壁にはヌードポスターが貼られていたが、それくらいで顔をしかめる恵理子ではなかった。
「漁港前に安く飲める店があるんだ。つまみは百円からだぞ。儂にはそういうところがふさわしい」
横田は座るなり、自嘲的に笑った。横田の後ろの水槽があった。そこでは何やら赤い魚が身体を岩のようにして、ジッとしている。
「そのお魚は何?」
「ああ、これか。これはカサゴだよ。漁港で釣ったんだ。おかずにしてもよかったんだが、何となくとぼけていて可愛いんで、飼ってみたんだ」
「へえー」
カサゴとは沿岸の岩礁帯に棲む魚で体長は十センチから三十センチほどの、鰭の鋭いずんぐりとした魚である。体色は赤みを帯びたものが多いが、黒っぽいものも目立つ。水槽の中にいるのは体長にして十五センチほど、赤い固体である。それは物臭のように、動こうとはせず、水槽の底にへばりついていた。
恵理子には可笑しかった。横田のような男がこんな小さな、他愛もない魚を愛でていることが。
「それより、あんたも一杯やらんかね」
「それじゃあ、お近づきのしるしに」
恵理子は横田の酒を貰うことにした。本当は生活保護を受けている男から貰う酒は気持ちが良いものではなかった。ただ、どことなく流れるやるせない空気を埋めるには、酒の力が必要だった。
「本当は酒なんか飲んでいたら、福祉事務所から怒られるんだろうがな。担当も滅多に来ないし、呆れて文句も言わんよ」
恵理子が酌をすると、横田は笑いながらそう言った。爽やかなまでの、その笑顔に卑屈な影は見られなかった。
「ところで横田さんのフルネームは」
「横田栄三郎。儂はね、ここへ来て二十年になるんだ。でも、まだよそ者よ」
「まあ……。どうりで、周囲の目が冷たいと思ったわ」
「ふふふ、そうだろう。そのうち慣れる。儂なんか干渉されないから、気楽なもんだ」
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんだ。特に何もかも棄てた人間にとってはな」
「何もかも棄てた……」
恵理子の言葉が詰まった。