よそ者
その日の午後、軽トラックが恵理子の引越し荷物をアパートに吐き出していった。女やもめの荷物はそれほど多くない。一番かさばるのは衣類だ。六畳間の半分が衣類で埋まる。恵理子は空いた場所に座ると、ぼんやり天井を眺めた。
(そうだ、電球を買ってこなければ……。それと、お隣さんくらいには挨拶しておくか)
恵理子はいそいそと出支度を整え、銀座通りを目指した。
銀座通りはそれほど長い距離があるわけでもない。駅前からせいぜい二百メートルくらいだ。その間に商店がひしめき合っているが、その半数がシャッターを閉めており、ここが寂れた港町だということを窺わせる。そして、銀座通りをまっすぐ行けば漁港に出るはずだった。
恵理子はまず電気店に行き、六十ワットの電球を買い求めた。すると、電気店の店主はさも珍しいものでも見るかのように、恵理子を眺めた。
「六十ワット、六十ワットねぇ……」
とぼけたように店主が言う。電気店の店主なら、自分の店の商品くらいすぐに取り出してこれそうなものである。しかも、品物はたかが電球だ。
恵理子が電球と挨拶の品を買って帰る途中、辻で地元の主婦らしき女性が数人、固まっていた。その女性たちはヒソヒソと何やら喋りながら、恵理子の方を見ている。
「また、よそ者よ」
恵理子の耳にはそう聞こえた。どうやら、ここでも居場所がなさそうだと恵理子は思う。どこへ行っても肩身の狭い思いをするのはなぜだろうか。恵理子は突き刺さる、冷ややかな視線を背中に受けながら、足早に歩いた。
アパートに帰ると、ちょうど初老の男が帰宅するのが見えた。恵理子の隣の部屋だ。
「こんにちは。今度、引っ越してきた金谷です。よろしくお願いします」
すると、男はにんまりと笑い、買い物袋を掲げた。買い物袋には一升瓶が入っている。
「儂は横田だ。あんたもよそ者だな。まあ、よそ者同士仲良くしようや」
どこかでもう一杯ひっかけたのだろうか、その横田と名乗る男の顔は既に赤かった。
「横田さんもよそ者ですか」
「そうよ。ここはよそ者には冷たい土地柄での。儂の友達はこれだ」
横田がおどけながら、酒を掲げる。恵理子が思わず苦笑した。
「私は今日来たばかりなの。明日から駅の近くのスナック『マリ』で働くことになっているの。横田さんもよかったら、いらして」