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よそ者

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 恵理子が駅を降り立った時、海から吹き付ける風が、その頬を容赦なく叩いた。その強さは目を開けることを戸惑わせるほどであった。
 駅前から漁港までは銀座通りが走っているが、その寂れようたるや筆舌に尽くしがたく、半数の商店が口を閉じていた。海から吹き付ける風が一段と強いのは、そのせいもあるかもしれないと恵理子は思った。
(果たしてこんなところにスナックなんてあるのかしら……)
 恵理子が疑問に思うのも無理はなかろう。この寂れようではスナックがあったとしても、客が入るかどうかさえわからぬ。恵理子は懐から一枚の紙切れを出す。そこに住所と電話番号、そして、「マリ」というスナックの名前が書かれている。そこが新たな恵理子の勤め先だった。
 恵理子が駅前の横断歩道を渡ろうとした。トレーラーの運転手に恵理子は見えているはずだった。しかし、港工事の荒くれ者なのだろうか、トレーラーの運転手は歩行者など気に留めることなく、ハンドルを切る。トレーラーは首を傾げる蟷螂のような姿勢となり、恵理子の前、ぎりぎりを通過していった。
「ばかやろー!」
 怒鳴ったのは恵理子であった。
 恵理子はそのまま、不動産屋に紹介されたアパートへと向かう。銀座通りから横道に入った、海が見渡せる高台にあるアパートだ。見晴らしは良さそうだが、老朽化が進み、建てつけは悪そうだ。隣に大家の家がある。恵理子が挨拶に行くと、大家の奥さんはジロジロと下から上まで恵理子を眺めた。恵理子はその視線も気になったが、どこか眉間に皺を寄せるような表情の方が気になったものである。
「今日からお世話になります、金谷恵理子です」
「ああ」
 恵理子が挨拶をしても、大家の奥さんはそれしか言わず、鍵を無造作に手渡した。
「夜の商売だってね。家賃を滞納してもらっちゃ困るよ」
 その言葉には棘が見え隠れしていた。
 恵理子が部屋に入ると、およそハウスクリーニングなどしていない様子が窺われた。部屋の隅には綿埃が積もり、窓を開けるとそれが渦を巻く。天井からは裸電球が吊るしてあったが、球は切れていた。ただ、窓から眺める海の景色は絶景であった。それに少しばかり心を和ませてみるのもよいかと恵理子は思う。海から吹き付ける風は、相変わらず強かった。
作品名:よそ者 作家名:栗原 峰幸