よそ者
恵理子が港から去った後も、横田は釣り糸を垂れ、物思いに耽っていた。もうすぐ太陽は海に沈もうとしていた。
恵理子が横田の異変に気付いたのは、翌日の正午過ぎ、買い物を済ませてからである。
横田の玄関先には人だかりが出来ており、その隙間からブルーシートが見えた。
「はい、どいて、どいて」
鑑識と一緒に出てきた男に恵理子は見覚えがあった。確か福祉事務所の担当だ。一度だけ横田の家を訪れていたのを見かけたことがあった。
「あんたが第一発見者?」
「はい……。訪問したら血を吐いて倒れていて……」
「鍵は掛かってなかったんだな?」
「はい……」
福祉事務所の担当は腰を屈めるようにして、高圧的とも取れる警察の聴取にこたえている。
(何てこと。故郷に帰れることになったのに……!)
瞬時に恵理子は横田が死んだことを悟った。
福祉事務所の担当は警察にペコペコと頭ばかりを下げている。警察の中でも若い刑事は、俗に言うキャリア組なのだろうか、年老いた刑事を呼び捨てにし、顎で使っていた。そんな光景を見て、恵理子は気分が悪くなった。
「ちょいと、金谷さん……」
恵理子に声を掛ける者があった。振り向いてみると大家であった。
「横田さん、変死だってねぇ。これだからよそ者の、身寄りのない一人暮らしは嫌なんだよ。あんたは若いからそんなことないだろうけど……、気を付けておくれよ。それにしてもまた、福祉から葬式の時だけ名義を貸せなんて言われるのかねぇ。ああ、嫌だ、嫌だ」
大家の厭味に恵理子は愛想笑いを返すと、自分の家へ入ろうとした。
「すみません。お隣の方ですか?」
キャリアと思しき刑事が恵理子に近寄ってきた。
「そうですが、何か?」
恵理子はこの刑事が生理的に嫌いだった。だから、つっけんどんな言葉で返したのである。
「昨夜から今朝にかけて、どこで何をしていましたか?」
「昨夜はスナックでお仕事、今朝は家で寝ていました」
「何か横田さんの家で異変は?」
「さあ……」
恵理子はつまらなさそうに答えた。刑事は「チッ」と舌打ちし、手帳に何か書き込んでいる。
「それであなたと横田さんとの関係は?」
「何も関係ありません。私はよそ者ですから……」
恵理子はそう言い放つと、家の扉の向こうに消えた。安普請の扉はガタンと派手な音を立てて閉まった。キャリアもそれ以上、恵理子を追おうとはしなかった。