よそ者
プラットホームにはいささか強い風が吹いていた。
「ふっ、馬鹿な……」
栄一の口元が嘲笑するように笑った。
アナウンスは上りの電車の到着を告げていた。
夕暮れの漁港でやはり横田は釣り糸を垂れていた。夕日に照らされたその横顔はどこか浮かない。今朝ほど、娘との同居の話を涙して喜んでいた彼が一体どうしたというのだろうか。バケツの中を覗いてみると、魚は一匹も入ってはいなかった。
「おじさん、どうしたの、憂鬱な顔して」
恵理子はここのところ必ずといってよいほど、出勤前に港に立ち寄っていた。
「ああ、あんたか……。今朝はありがとう」
そう言う横田の言葉には、まるで覇気がない。
「あら、一匹も釣れてないじゃない」
「今日は駄目だ。釣りにも集中できん……」
「何か心配なことでもあるの?」
すると横田は「うーむ」と唸った。まるで苦虫でも潰したかのような顔をしている。
「あんなに娘さんと同居できるって喜んでたじゃない」
「それよ……。一度故郷を裏切り、棄てた者がもう一度戻るっていうのは相当な覚悟がいるもんだ。あんたも流れてこの地に来たんだからわかるだろう」
「それはそうだけど……」
恵理子は言葉に詰まった。
「すべてを赦してもらったわけじゃないだろうな。今の儂にはまだ勇気がないんだ。儂はとんだ臆病者よ……」
横田はバッグからカップ酒を取り出すと、蓋を開け、グイと煽った。その姿を見て、恵理子は「はーっ」とため息をついた。
「でも、帰れるだけマシよ」
「そんなもんかの……」
「そうよ。贅沢よ……」
恵理子が伏目がちに、ややもすると恨みのこもった声色で言った。
「儂、やっぱり故郷へ帰るわ。謝る人にきちんと謝らんとな……」
横田が遠くの水平線を見つめながら、呟くように言った。
「おじさんの身体はもう、おじさん一人の物じゃないのよ。くれぐれも飲みすぎには気をつけてね。まあ、飲み屋に勤めてる私が言うのも説得力ないんだけどさ」
「儂、顔色悪いか?」
「あんまり良くないかも……」
「そうか……。明日にでも町の診療所に行って診てもらうかな……」
横田が視線を竿先に落とした。だが、魚からの返事はない。
「ごめんね、おじさん、もう行くね」
やるせない雰囲気に耐えられなくなったのだろうか、恵理子が腰を上げた。
「ああ、お仕事、頑張って……」
「ありがとう」