よそ者
漁師の一人にそう言われ、ハッと我に返った栄一が拳を止めた時、楠本の顔は赤く腫れ上がり原型を留めていなかった。
駐在は厄介ごと、特に暴力団絡みには関わりあいたくないようで、調書も取らずに引き上げていった。
「一体お前、どうしちまったんだ?」
そう言う武田に、栄一は苛立ちを隠せず、ただ「放っておいてくれ」とだけ言い残し、漆黒の闇に消えていった。
翌朝、恵理子は横田の家のドアをノックした。横田は「はいよー」と返し、すぐにドアを開けた。ランニングシャツにステテコという姿がいかにも貧相だった。
「おはようございます。あのこれ、戻りガツオとイナダ。スナックの残り物で悪いんだけど、食べてくださる?」
「おお、こりゃどうも。いつも済まないね。それにしてもスナックというところは刺身も扱ってるのかね?」
横田は人懐っこそうな笑みを湛え、刺身の盛られた皿を受け取った。
「漁師町だからじゃないかしら。普通、乾き物とチョコ程度よ」
「そうだ。先日、真由美から貰った梨なんだが、儂一人では食いきれんから、あんたも貰ってくれ」
そう言って横田が奥の間に入った時だった。不意に横田の家の黒電話が鳴った。
「はいはい、ちょっとごめんなさいよ……。もしもし……?」
梨を抱えたまま受話器を耳に当て、横田が硬直した。
「ま、真由美……?」
恵理子が玄関先から奥の間を覗き込んだ。
「真由美なのか!」
横田の手から梨が落ちた。それは畳の上にゴツンゴツンと落ちた。
「ウッウーッ……」
横田の嗚咽が聞こえる。そして、時々聞こえる「はぁ、はぁ」という息遣い。横田は常日頃から「娘の声を聞きたい」と言っていた。その願いが叶い、感無量なのだ。
五分くらいして横田が奥の間から、出てきた。その顔は涙でクシャクシャだ。
「娘さんからの電話だったんでしょう。良かったわね」
恵理子が優しく微笑みかける。すると、横田は更に顔を皺くちゃにさせた。
「娘が、真由美が一緒に暮らそうって言ってくれたんだ。娘と暮らせる上にこれで国の世話にもならずに暮らせる……」
横田は顔を押さえて男泣きに泣いた。
栄一はボストンバッグを携え、駅の改札でソワソワしながら待っていた。絶えず周囲に目を配っている。それは横羽会の復讐を恐れているというよりも、アイを捜しているからに他ならない。