よそ者
武田が水割りをグイと煽りながら、栄一に尋ねた。
「ああ」
「何で急に……。国道の拡張工事、まだ半分も終わっちゃいねえんだぞ」
「この町の風土は、俺には合わないみたいだ」
「ふーん」
武田はつまらなさそうに水割りを飲み乾した。恵理子が早速、水割りのお代わりを作る。
「明日には出て行く」
「そっか……。じゃあ、これがお前とも飲み納めだな。しかしだな、ここで勤まらなきゃ、どこ行っても勤まらんぞ」
「うるさいな。説教は聞きたくない!」
栄一は声を荒げた。この町での最後の酒ぐらい、静かに飲ませて欲しかった。
「そりゃ、悪うござんしたね」
武田は臍を曲げ、そっぽを向いた。栄一はただ水割りに映る自分の顔を眺めていた。
気まずい雰囲気が二人の間に流れていたが、漁師の連中はお構いなしに騒いでいる。
そっと栄一の前に刺身が置かれた。
「これは?」
「戻りガツオよ。私からのサービス」
恵理子がニコリと笑う。栄一もフッと笑った。恵理子にはわかっているのだ。飯場で暮らす者たちが皆、訳有りであるということを。栄一が「町を出る」と言ったところで、よそ者の恵理子にとっては、日捲りの紙を捲るくらいの事柄に過ぎない。そんな日捲りに同情と惜別の念を込めて戻りガツオをサービスした恵理子であった。
その時、ドカンと荒々しく、スナックの扉が開いた。誰かが蹴飛ばして開けたのだ。
「おらぁ!」
響く恫喝の声。一瞬、スナックの中に緊張が走ったが、漁師たちもまた荒くれである。侵入者を睨みつけていた。
「何だ、元さんじゃねえか。それに横羽会の若え衆が三人も、一体これは……」
漁師たちがどよめいた。若いチンピラに囲まれて入ってきたのは楠本だった。
楠本は栄一の横へ座ると、水割りのグラスを床に落とした。それはパリーンという甲高い音を立てて割れた。
「若えの、ちょいと顔貸してくんな」
楠本がそうすごむと、チンピラの一人が栄一の胸倉を掴んだ。
「なるほどな、執念深いとは聞いていたが……」
「うるせえ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ。さっさと表へ出ろい!」
チンピラが吠える。だが次の瞬間、栄一の胸倉を掴んでいたチンピラは腹を押さえてうずくまってしまった。そのチンピラはだらしなくも、吐しゃ物を撒き散らした。栄一渾身のボディーブローが鳩尾に決まったのだ。
「野郎!」