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よそ者

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「あんたのお店にも行ってやりたいんだが、何せスナックは高くてのう。福祉の世話になっている身では、そうおいそれと行けんわ」
「いいのよ、無理しなくて」
 恵理子は横田の肩をポンと叩いて立ち上がると、「じゃあね」と言って港を後にした。相変わらず海鳥はギャーギャーとやかましかった。

「いい加減、俺の気持ちもわかってくれよ」
 栄一はアイに詰め寄った。アイはキャミソールの落ちた肩紐を直しながら、視線を逸らした。
「あなたは私の境遇に同情してるの?」
 そう言ったアイの口元がやるせなかった。
「それもあるかもしれない。だが、君が好きなんだ。君をこんなところに置いておけないよ」
 栄一がアイの肩をしっかりと抱きしめた。
「私、好きなんて言われたの、初めて……」
 アイが栄一の背中に腕を回す。そして、力を込めた。アイの閉じた瞳からは涙が滲んでいた。
「ああ、アイ……」
 栄一がアイに唇を重ねる。アイは栄一の唇を貪るように吸い付いてきた。それはむしろ、セックスより生々しくも激しい接吻であった。お互いにお互いの唇とその内部の粘膜を貪りあう。そんなキスだった。
 滴の糸を引いて唇が離れた時、アイは決心したように頷いて言った。
「私、あなたに付いていくわ」
「じゃあ、俺も今の飯場、辞めるわ。今日、帰って親方に断りを入れる。昼前に駅で待ち合わせよう」
「もう、引き返さない。携帯の番号、教えて」
「おお」
 栄一がバッグから携帯電話を取り出した。アイも携帯電話をポシェットから取り出す。お互いに赤外線通信で電話番号とメールアドレスのやり取りを交わす。
「これで、このソープともお別れだよ」
栄一が爽やかに笑った。アイはどこか脆く、はかない笑みをこぼした。

 スナック「マリ」はその夜、大盛況だった。遠洋漁業船が帰港し、漁師たちが港に戻ったのだ。漁師たちは地元の居酒屋やスナックを飲み歩き、「マリ」にも相当の客が訪れていた。ママも恵理子も大忙しだった。
 ママは終始ご機嫌だ。地元の漁師たちは昔馴染みであるという。漁師たちは気風がよく、豪快に酒を飲み乾す。そして陸でしか味わえない、土の感触を二本の脚でしっかりと感じ取るのだった。それはつかの間の陸の暮らしだからこそ味わっておきたいものである。
 そんな漁師たちに混じって、武田と栄一も飲んでいた。
「お前、辞めるんだって?」
作品名:よそ者 作家名:栗原 峰幸