よそ者
「儂はな、借金をこさえ、それを妻子に押し付けて逃げてきたんだ。おそらく娘も相当、儂のことを恨んでいるだろうよ」
横田の目に薄っすらと涙が浮んでいた。そして、グスンと鼻を啜る。
「だがなぁ、死ぬ前にもう一度だけ、娘の声を聞きたいなぁ」
「おじさん、飲もう」
恵理子が一升瓶を抱えた。横田が湯飲みを差し出す。恵理子はその湯飲みに並々と酒を注いでやった。
古ぼけたトランジスターラジオからは古い流行歌が流れていた。傾いた夕日が部屋を赤く照らしていた。やるせない緋の色だった。
その日も横田は港の堤防で釣りをしていた。今日はサビキと呼ばれる仕掛けでイワシを狙っている。潮回りが良くなると、大群でイワシが岸壁に回遊してくるのだ。横田はそれを狙っていた。
夕方近くになると、西日もきつくなるが、横田は動じない。せっせとイワシを釣り上げ、バケツへ放っていく。生活保護を受けている横田にとって、この港で釣れる魚は貴重なオカズだったのである。
そこへ恵理子がやってきた。
「おじさん、どうも」
「やあ」
「大分釣れているわね。これ、イワシ?」
「ああ、シコイワシだ。儂のオカズには十分だ」
横田は満面の笑みを浮かべて答えた。
「何か嬉しそうね?」
「わかるか?」
そう言って、横田が「あははは」と笑った。釣られて恵理子も笑う。何があったか恵理子にはわからぬが、横田はすこぶる上機嫌だ。
「実はな、娘の真由美から荷物が届いたんだ。福祉事務所に住所を聞いたんだろう。衣類と食料が入っていた。嬉しかったなぁ。こんな気分になるのは何年ぶりか……」
「そう、娘さん、真由美さんっていうんだ。良かったじゃない」
恵理子は横田の脇に腰掛けると、自分のことのように嬉しそうに笑った。
「ああ、手紙も入っていてな。儂の身体のことを心配してくれているようでなぁ。送り主の電話番号が書いてあったんで電話をしようと思ったんだが、ちょっとまだそこまでの勇気はなぁ……」
「真由美さんも福祉事務所から電話が入って考えたんだと思うわよ。きっと死ぬほど迷ったと思う。でもやっぱり、たった一人の父親だと思えばこそ送ってくれたのよ」
「うんうん」
横田の顔が西日に照らされ、皺がやけに深く感じられた。瞳は潤んでいる。横田がズズッと鼻を鳴らした。
「ところであんたは、これからお店か?」
「ええ」