「神のいたずら」 最終章 神のいたずら
覚えていたような記憶に隼人は自分がどうなったのか解かり始めていた。それは3年前と同じことのように感じられたからだ。集中してあるものを感じ取ろうとした。それには時間はかからなかった。
『隼人・・・成長したな』
「やはりそうか・・・おれを呼んだな?」
『そうだ。必要になったからだ。今度は協力してくれ』
「必要とはなんだ?」
『今は言えない。まだお前には力不足だからだ』
「おれに修行しろという事だな」
『わかりがいいな。もう人間には戻れないぞ。あの時は特例だったからな』
「一つ聞いていいか?」
『なんだ?』
「何故3年で戻すと言わなかったんだ?解かっていたんだろう、呼び戻すことが」
『そう思われても仕方ないが、今は予測外の緊急事態なのだ』
「あなたでもそういう事が防げなかったのか?」
『私は万能ではない。人間社会のように不規則で不安定ではないが、予測出来ない事は生じる。ゆくゆくお前にも解かってくるだろうが、今は私の傍で必要なことを学べ』
「必要なこと?勉強するのか」
『オーラを強くするのだ。今の何倍も何十倍もそして何百倍にも大きく出来る能力がお前にはある』
「信じろというのか?根拠はなんだ」
『お前の魂には多くの魂を未熟に終わらせることなく努力をした人間の強い意志が隠されている。そのエネルギーを開くのだ』
「強い意志ってなんだ?」
『戦争だ。多くの人間を救った反対行動だ』
「日本でか?」
『違う・・・その話をお前が知る必要はない。お前の中に存在する強いエネルギーを私が引き出そうとしているのだ。それに協力だけすればいいのだ』
「いつも一方的だな。そんなに偉いのか?凄いのか?」
『神だ・・・唯一の存在だからだ』
隼人は疑っていた。しかし、自分の存在に降り注がれている、例えようのない暖かい輝きは『神』のオーラであることに間違いないと気付かされた。
隼人は残してきた自分の身体が死を迎えていないことに疑問を感じた。魂としてここに居るという事は肉体が滅んだという事なのだから今の事態はおかしい。
「何故碧の身体は生きているのだ?」
『生かしているのだ』
「同じことだろう?どう違うんだ?」
『お前だけを迎えるのだったら肉体を残す意味がなかった。もう一つの生命が宿ってしまったのだ。それを壊す事は出来ない』
「妊娠しているということなのか?」
『そうだ、気付かなかったのは無理もない。私のミスだ。一日呼び戻す時間が遅れてしまった』
「まだ生命といっても細胞分裂を始めたばかりぐらいだろう?それも命なのか?魂が宿っているのか?」
『小さな始まりは生命の始まりを意味する。母親の胎内で細胞分裂を始めた事は生命の誕生を意味する』
「では、碧の身体が出産を迎えるまで今の状態で生かしておくという事なのか?」
『迷っている。お前の魂を戻す事は出来ないが、母親のない子供を生ませる事は確率的にそうならざるを得ない状況と区別しないといけない』
「むつかしい理屈だなあ。要するに、碧を死なせてまでも生まれてくる子供を助ける事に気が引けるという事だな?」
『人間社会的にはそういうのかも知れない』
「どうするつもりなんだ?」
『お前と入れ替わりになった碧の魂を戻す』
「もう今の碧は12歳じゃないぞ。それに父親がだれだかも解からないようじゃ、残酷だぞ」
『仕方ない・・・不自然に生命を奪うよりはいいだろう』
「簡単に言うんだな。命を弄んでいるように感じるぞ」
『それは違う。特別に温情で碧を帰すといっているのだ。お前には不足か?』
「不足だ!一つ約束しろ。それがおれのあなたへの誓いの約束にする」
『ほう・・・私に誓うのか」
「そうだ。誓う」
『では、何をして欲しいのだ?』
「父親の記憶は残してやってくれ。俺の記憶は残さなくても構わないけど、生まれてくる子供の父親だけは知らずに意識が戻どるのは可哀想だからな」
『難しいが・・・お前の記憶の一部を碧の魂に重ねて戻すとしよう』
『神』の目の前に碧の魂が呼ばれた。
『地上にあるお前の身体に今から戻す。ここでの記憶は全てなくなる。数十年して戻ってきたときは、ここに居る隼人のオーラを感じろ。いいな?』
「はい」
この世界になれた碧の魂が再び戻されていった。
碧の身体は入院してから一月経っても何の変化も無く深い眠りに陥っているような状態が続いていた。医師から回復の見込みが無いから自宅に連れ帰っても良いと許可が出て、由紀恵は連れ帰ることにした。居間の隅に医療用のベッドを設置して、家族で24時間の看護を覚悟した。
隼人は毎日病院に来て見舞っていたが、自宅に連れ戻されることが決まって、もう逢えなくなるのではないかと不安を感じた。美樹はそんな隼人の気持を察して、時々見舞いに伺わせて頂きたいと由紀恵に申し入れた。秀之と相談して、一人ではなく家族で来て欲しいと条件をつけた。由紀恵にとってまだ一抹の不信感が隼人には残っていたからである。
医師の判断は、原因不明の昏睡ですべての内臓器官に異常はなく体力の続く限り生命の危機は無いだろう、となされた。毎日点滴で栄養分を食事として与えること、身体の向きを替えて床ずれを防ぐこと、週に一二度は入浴させること、ちょっとでも変化が見られたら直ぐに病院に連絡すること、など注意事項を説明され、由紀恵と碧を載せた介護サービスの車は病院を後にした。
自宅の居間で何も言わない碧の身体は傍で付き添っている由紀恵や弥生、秀之の悲しみを一層強くさせた。つい先月まで、みんなで食事をして、会話をして、元気に学校へ通っていた碧が、今は無言で寝ている。温かくて柔らかい肌に触れると、直ぐに、「ママ!」と起きて来るような錯覚に囚われて、由紀恵は気がおかしくなってしまう自分を懸命に耐えていた。
優が訪ねて来たのは自宅に帰ってきてから1週間ほど経った日曜日であった。あらかじめ連絡をして名古屋の高橋夫婦と一緒に見舞いに訪れた。
ベッドで眠っている碧の身体にしがみついて、辺りをはばからずに大きな声で泣いている裕子を見て、由紀恵も秀之も弥生もそして優も、もらい泣きをした。
「何故こんなことになってしまったの?目を覚まして、昔のように可愛い笑顔を見せて頂戴!碧ちゃん・・・」その悲痛な叫びが天に届いたのか・・・
じっと見ていた由紀恵には、ピクッと碧の身体が動いたような気配を感じた。
『神』は碧の魂に高林隼人と過ごした記憶の一部を移して元の身体へと送り返した。
「あなた!今碧の身体が動いた気がするの」
「由紀恵!本当か?」
その場にいた全員が碧の身体に視線を集中させた。
「碧!碧!」身体を揺するように由紀恵は話しかけた。
動かない・・・
「気のせいだろう。お前の気持は解るが、焦らないで見守ってやろう。きっと目を覚ますから、心配するな」秀之はそう言いながら、少ない可能性を自分に言い聞かせていた。
優と高橋夫婦が帰って、いつものように三人だけの部屋に戻っていた。弥生は碧の身体を拭きながら、あることに気付いた。
ずっと碧の様子を見てきたから、もし普通に生きているなら女としての印が現れるはずじゃないのかと思ったのだ。
「ママ、碧の事なんだけど・・・」
「何?気になることがあるの?」
作品名:「神のいたずら」 最終章 神のいたずら 作家名:てっしゅう