小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

爪つむ女

INDEX|8ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 


その日、いつものように乗った通勤電車で、以前にも同じ事があったと、デジャヴのような感覚を覚えて雄次は顔を上げた。
そこにいたのが和江だった。
そう、あの時と同じように爪をつんでいた。
数ヶ月前の記憶が、全く残っていないと思い込んでいた記憶が、なぜか鮮明に蘇ってきた。
そうだ。あの時は隣にはくたびれたじいさんが座っていた――そう思い出して隣に目をやると、20代の学生らしい男が座って本を読んでいた。どうやら参考書の類いのようだ。
確か自分が乗った時からその席の乗客は変わってないと思うのに、今更ながらにそのことに気付くなんて、俺はいつも何を見ているんだろう――雄次は自分のことながら呆れた。

それにしてもこの女、よっぽど電車の中で爪をつむのが好きなんだろうか――雄次は急にその女に対する興味が湧いてきた。
だからといって、自分からわざわざ声を掛けるようなことができるタイプではない。

雄次はどちらかというと控え目な性格で、社内でも、求められれば自分の意見をはっきり言うが、そうでなければ反対意見があっても敢えてそれを口に出したりはしない。
それは相手の気持ちを尊重するからだと自分では思い込んでいるのだが、実際のところは、他人の目を気にする小心者なのだ。
しかし、他人に対して嫌がるようなことを言ったりは決してしないし、仕事や約束事を疎かにはしないので、ある意味、真面目で誠実な人間であると同僚たちには評価されていた。
曲がりなりにも一度は結婚し子供もいたが、その優柔不断さに妻から愛想を尽かされ離婚。今はワンルームのアパートで侘しい一人暮らしをしていた。
そんな雄次だから、気にはなってもただ見ているだけだった。

「痛っ!」
突然雄次の頬に何かが刺さったような感触がして、思わず声が出た。
「あっ、ごめんなさい」
頭上から声が降ってきた。
「すみません。爪が飛んじゃったみたいで……」
「あ、いや…」

その女の声が思いのほか優しく可愛い声だったので、一瞬なんと返事したら良いか躊躇して、雄次はそれだけ言うと後の言葉に詰まった。
丁度その時電車が駅に到着して、隣の学生らしい男が席を立った。
作品名:爪つむ女 作家名:ゆうか♪