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てっしゅう
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「哀の川」 第四章 過去との別れ

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「好子・・・元気そうね。斉藤さんから聞いてビックリ!気持ちが少し動揺したけれど、私も大丈夫よ。会いましょう。渋谷まで来て!駅で待ってるから」
「ええ、解ったわ。すぐに行くから。楽しみだわ」

好子は直樹に礼を言って、夫に出かけることを伝え駅に向かった。駅まで一緒に歩いていると、先輩社員にその姿を見られてしまった。何か、こそこそ話しているのが気になったが、構わずに高田馬場駅で手を振って別れた。

すぐに帰るのがなんだか寂しかったから、駅前の電気店に入って物色した。最近テレビでも放映されている新型の薄型携帯電話、NTTムーバの広告が目に入った。

「携帯電話か・・・凄いなあ。どこに居ても話せるって便利だろうなあ。これがあれば、気兼ねなく麻子と話せるし、約束も出来る。いくらするんだろう?」
その価格を聞いて、再び驚いた。自分には所持は無理だと思った。

渋谷に着いた好子は待ち合わせをしている裕子をすぐに見つけた。何年ぶりだろう、夫の独立からだから15年振りぐらいだろうか。お互い年を取ったとひと目見て感じた。それは、裕子も同じだった。もう二人にはそれほどの長い年月が過ぎ去っていたのだ。二人は顔を見合わせて、その長い月日を感じていた。

「裕子!ゴメンね・・・もっと早くあなたに謝らないといけなかったのに」
「好子!何を言ってるの。あなたは悪くないのよ。私が謝らないといけなかったのよ」
二人はその手をしっかりと握り合い、目からやがて零れ落ちる涙を拭った。

「年を取ったわね、お互いに・・・あなたは綺麗ね、裕子。昔と変わらない!羨ましいわ」
「好子こそ、社長夫人って感じよ。とっても品がよくて昔と変わらない」
「お互い褒めすぎよね?ハハハ・・・」
「そうよね、好子、ハハハ・・・」

心配していた裕子への思いは簡単に吹き消された。直樹へ感謝気持ちを強くした。「斉藤君に感謝しないと・・・本当にいい子よ」
「あらあら?危ないわよ、好子。直樹さんには知ってるでしょ?彼女が居るのよ」
「裕子!そんなんじゃないのよ。意地悪ね・・・昔とそのほうも変わらないのね」
「ハハハ・・・冗談よ。相変わらず、真面目なのね。一度ぐらい浮気でもしてみたら?男心が良く分かるかも?よ」
「もう・・・最低!・・・でもよかった!昔のように話せて。裕子、これからも仲良くしてね」
「当たり前よ!好子はたった一人の女友達だもの」

話は尽きない。夜のふけることも忘れて、食事をする事も忘れて、話し込んだ。終電車の時間になってやっと二人は別れた。

めずらしく夜遅く自宅に帰った好子に夫、美津夫は心配そうに話しをしてきた。

「何か心配事でもあるのかい?こんなに遅くまで、初めてだよね?」
「あなた、ごめんなさい。昔の友達に会っていたの。話が弾んじゃって、気付いたら終電になっちゃった。もうそんな事しないから安心して」
「そうか、そうと解れば安心した。早くお風呂に入れよ、部屋にいるから」
「はい、あなた」

好子は夫が何を望んでいるのか気付かされた。最近しばらくそういう事がなかったから、気にもしていなかったけど、自分の帰りが遅いことで少し不安な気持ちに駆られたのであろう。好子を求める気持ちにその不安は変わったのだ。入浴を早めに済ませて、夫の部屋に行った。

「こっちへおいで、好子。ちょっと気になるんだが、何人かの部下達がキミと斉藤君とが仲良くしているって話しているのを聞いたんだよ。まさかって思ったけど、まさかだよな?」
「あなた・・・何お仰ってるのかお解かりなの?」
「すまん、疑っているわけじゃないんだけど、気になってな・・・」
「斉藤君がそんな人間に見えるの?私がそんな妻に見えるの?」
「だから、疑ってないって言ってるだろう。部下がそう言っている根拠が何か知りたいんだよ」

言うしかないと思った。

「斉藤君の通っているダンススクールの講師はね・・・裕子なのよ、大橋裕子」
「・・・大橋・・・裕子・・・」
「そのことで少し話しをしていただけ。変な事はないのよ」

美津夫は後の言葉が出なかった。もちろん妻の好子を抱く気分にもなれなくなってしまった。

好子は自分の部屋に戻った。夫に言わないで済まそうと決めていたのに、思わぬ展開から話す羽目になってしまった。ちょっと反省した。直樹のことを夫から聞かれてムキになった自分がいたことも事実だった。今夜は眠れそうにない、そう感じていた。

ドアーをノックする音が聞こえた。すぐに夫が入ってきた。すまないと謝り、自分を求めてきた。夫の心境を考えると複雑だが、好子にはいつも優しい人だったから今日は好きなようにさせてあげたいと思った。いつになく優しく振舞う夫に好子は悦びを強くしていた。やがて二人同時に果てて、しっかりと美津夫の腕に抱かれた好子の気持ちはさっきのことがなかったように甘える気持ちに変わっていた。

「あなた、ごめんなさいね。心配かけて・・・もうしないから、またこうしてね」
「好子・・・愛しているよ。キミだけだから。離れないでおくれ」
「ええ、離れないわ。あなたも離さないでね」
「離すものか・・・幸せにすると誓っただろう、あの時」
「そうでしたね。もう十五年よね。早いわ。二人には時効成立ね」
「時効か・・・そうあってほしいね」
「ねえ、裕子とは今までどおりに付き合うわよ。私たちはお互いが必要としている女友達なの。いいでしょ?」
「ああ、構わないさ。僕が会えるのはもっと先かも知れないけど、キミが仲良くする事は嬉しいことだよ」
「ありがとう・・・やっぱりあなたは、優しい人ね、大好きよ・・・」

好子は再び唇を求めた。美津夫もそれに答えた。直樹のしたことでまた幸せを噛みしめることが出来た。周りが幸せになって行くそんな力を生来与えられていたのかも知れない。


誕生日の日が来た。一月17日木曜日の朝。直樹は仕事が終わってから麻子に逢う約束をしていた。いつものように会社へと向かう。いつもはしない朝礼をすると社長が言い出した。倉庫の前で全員が並ぶ。会社は12人の小さな規模だが、輸入品の在庫がかさばるので、倉庫は100坪を越える大きさがあった。

「おはようございます!お疲れ様です。ご存知の方もおられましょうが、今日アメリカ軍がクウェートに軍事侵攻しました。イラク軍と戦争を始めたということです。世界情勢がひょっとしたら大きく変わるかもしれません。同盟国の日本は戦争状態によっては協力しないといけなくなるでしょう。為替相場や株価に大きな変化があるようだと、会社としても対策を考えねばいけません。十分に注目して仕事を進めて下さい。私からのお願いです」

直樹は自分が聞いたことが現実になったので、驚いていた。回りのみんなは直樹に注目していた。事務所に入って上司や部下達が直樹に意見を求めてきた。

「斉藤君、これからどうなるか予想しているの?」
「ええ?・・・多分だけど、株は下がる。円相場は急上昇する。輸出で支えてきた日本の企業の殆どは打撃だね。わが社は逆に円高でよくなるかも知れない・・・かも」
「ほんと?良くなる?」
「仕入れ価格が下がる。イギリス国内で売れない分日本へと頼みにするから条件も良くなるってことかな」