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てっしゅう
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「哀の川」 第四章 過去との別れ

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「うん、加藤好子さんって言うんだ。旧姓大橋好子さん」
「・・・直樹さん、全部聞いたの?」
「うん、聞きました。専務は今も気にされていて、この話のときも泣いておられたんです。実は三日の朝、渋谷で麻子さんと偶然待ち合わせのときに会ったんです。うっすら覚えていたようで、麻子さんに姉がいるでしょう?と聞かれて、裕子さんのことを話しました」
「そうだったの・・・麻子、あなたは覚えている?好子のこと?」
「あまり記憶にないけど、加藤さんって、丸井物産の・・・美津夫さん・・・直樹の会社の専務って、その奥さんだったの?同級生の・・・」
「うん、そうなんだよ。本当に偶然。あの朝、渋谷でキミと待ち合わせしなかったら、キミを見なかったなら、専務からこの話は一生聞けなかったかも知れない」
「怖いわね・・・世間って広いようで狭い。私にはもう遠い記憶だけど、好子にはまだ昨日のような記憶になっていたのね。私が辛かったように、好子も辛かったのよね。あのときには恨んだけど、好子は悪くないんだよね。ずっと会ってないけど、直樹さんに話聞いたから会ってみようかな」
「ほんとう?明日にでも専務に話すよ!良かった、お世話になっている専務の役に立てることが出来そう。麻子さんとのことも凄く応援して頂いているし、裕子さんと会えれば、長年のわだかまりが解けて、きっと楽になれると思うよ」

麻子は直樹が自分の姉のことをこんなに心配してくれていることが嬉しかった。もう家族のようなこの場の三人に感じられていた。

話しが終わって、麻子はまず直樹を家まで送った。別れ間際に部屋の前でキスをした。車の窓から裕子はそれを見ていた。妹の麻子は裕子の目から見て積極的に見えた。直樹のことを本当に好きなんだろう、そう感じた。戻ってきた麻子に話しかける。

「麻子、直樹さんのこと本当に好きなんだね。あなたはとても消極的な子だったから、今はその反動ね。本当は恋に燃える熱い女だったのよね。功一郎さんはそれを理解できなかった。彼は仕事ではやり手だし、モテる人だけど、女心を理解する人ではなかったのね・・・」
「姉さん・・・それは言わないで。私は不倫をしている女なのよ。夫を責めたりする資格はないの。どんな理由があるにしろ、私のやっている事は許されないの・・・だから、だから、余計に熱くなっちゃうの。最近そう感じる。許される愛ならもっと冷静になれる自分が居ると思うの。直樹は真っ直ぐに私の事を見ていてくれる。こんなおばさんでも一番綺麗だといってくれる。ウソでもいいのよ、直樹の優しさがずっと続いてくれれば・・・」

麻子は本当にそう思っていた。やがて年老いて直樹に新しい恋人が出来てもそのことを許そうと・・・ずっと愛してきてくれた直樹の優しさに返事が出来る唯一のことだとあきらめられるからだ。裕子は麻子の哀しさが伝わってきて、自分と同じ道を決して歩ませてはいけないと心底感じていた。

「直樹さんはあなたに真剣よ!麻子は年上だからしっかりと受け止めてあげないといけないよ。優しさなんて続かないの・・・それよりしっかり女房よ。あなたが直樹さんを尊敬し、仕事がより以上に出来るように応援してあげれば、男の人って感謝してくれるよ。妻への感謝が男の愛情表現なの。好きや綺麗は、入り口の言葉。解るわよね?」
「うん、姉さん、ありがとう。もうなんか妻になった気分、変ね、ハハハ・・・」
「そうね、変よ、アハハハ・・・」

車の中は明るい笑い声が響いていた。裕子を家まで送り、麻子は自宅へ戻った。


翌日7日月曜日いつものように出社して、仕事を始めていた直樹は昼の休憩時間に事務所に居る専務と話した。

「専務、昨日裕子さんと会って話をしました。会いたいと言っていましたので、電話してあげてください。これ、番号です」
「斉藤君・・・気を遣ってくれたのね。ありがとう。電話してみるから。あ、それとこの件は社長には内緒にしておいてね。ぶり返すのイヤだから・・・」
「はい、もちろんです。では、仕事に戻ります」

直樹は新年会で自分が発言した一部商品の直接販売に関するレポートを書いていた。インターネットが繋がった環境でこれからはますます通信販売が伸びてゆくだろう予測もしていた。先輩社員達からはこれまでの取引先や仕入先などからの反発を恐れ直販に関しては反対意見だった。直樹一人が声を大にして唱えていたが、却下は時間の問題に思えた。社長が傍に来て意見を言った。

「斉藤君、直販に随分ご熱心だが、わが社の経緯からして早急には無理だよ。販売先から注文が来なくなったらどうするつもりだね?」
「それは十分考えられることですね。しかし、この先不況が来て得意様からの注文が減ってきたら何か打つ手はあるのでしょうか?数年後に直販の計画を始めても、先に始めていた所に勝てませんよ。必ずこれからは、カタログとテレビショッピング、それにインターネット販売の割合が増えてきますよ。今は少数でも必ず伸びると思います」

斉藤は、独自の考えを堂々と述べた。麻子からのバブル崩壊へのシナリオを自分なりに仕事に置き換えて考えた末の発想であった。

「君の意見は正しいのかも知れない。素晴らしい発想だと思うよ。だが、今のわが社には出来ない。弱気に思えるだろうが、ここまで発展させてきた商品と得意先の利益を損なうような営業はやはり出来ない。それより、新製品の開発や発掘に力を入れてくれないか?キミの能力を高く買っている私だから、期待したいのだがねえ・・・」
「どんなに高い商品価値を備えていても、それを購入する判断を得意先に任せていてはいけないと思うんです。判断するのは消費者でないと正しく伝わらないんですよ。そのためにも今はアンテナショップではなく直販なんです」

斉藤は自説を曲げることがなかった。先輩社員や社長は少し困惑気味だった。この日はこの話しはそこまでで終了となった。

終業の時間が来て社員達が次々とタイムカードを押して帰ってゆく。事務所に入りタイムカードを押した直樹は呼び止められた。

「斉藤君、ちょっとこちらへ来て」
専務からだった。
「はい、なんでしょうか?」
「私ね、裕子に電話をしようと思うんだけど、自信がないの・・・悪いけど、斉藤君にかけてもらって、今から会えるならそうしようかと。悪いけど構わない?」
「あ、はい、構いませんが・・・そうですね。なんだか解ります」
直樹は会社の電話から裕子の自宅へ電話した。

「斉藤です。裕子さんはご在宅ですか?」
「裕子よ。どうしたの?」
「はい、今会社からかけてます。専務・・・加藤さんがよかったら今日会いたいと伝えて欲しいと頼まれまして・・・」
「そう、自分で電話してくれればいいのに・・・まあ、いいけど。それでどうするの?あなたも来るの?」
「少し待ってくださいね。専務、僕も一緒に行くのですか?」
「用事があるなら帰っていいのよ。気持ちが落ち着いて来たから電話代わるわ」

直樹から受話器を持ち替えて好子は相手をした。

「裕子・・・好子よ、久しぶりね。ごめんなさいね、斉藤君に掛けさせて。勇気が出なかったから・・・でも、大丈夫よ。会って話がしたいの」