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てっしゅう
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「哀の川」 第四章 過去との別れ

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直樹は麻子の唇に軽く触れて、手を振りながらロビーを後にした。
麻子は見送り終えると、再びロビーで寛いでいた。直樹との時間を思い出しながら、幸せな気分に慕っている。もう本当に夫とは別れようと気持ちが動き始めだしていた。

直樹は会社に向かう地下鉄の中で、いろんなことを考えていた。自分の気持ちはしっかりとしているのだが、どうも麻子の気持ちが揺れているように感じられるのだ。言葉の端々や今ひとつ直樹の中に入って来れない何か薄いベールのようなものに包まれている、ずっとそう思ってきた。子供のことを考えているのか、自分との経済的な隔たりを懸念するのか、夫に未練が残っているのか、考えれば考えるほど直樹は不安に駆られてゆく・・・

電車は落合に着いた。少し下落合の会社まで歩いて9時前には着いた。新年の挨拶を済ませて今日はランチを兼ねて社員で新年会に決まった。運悪く直樹は専務の隣の席になった。男子と女子が交互に座ったためだ。社長の発声が済んで、ビールで乾杯した。それぞれの今年の抱負を語る時が来た。直樹は中ほどで指名された。麻子から聞いていたバブル崩壊の予感を話そうと考えていた。

「昨年は好景気に押されて業績が最高になりましたが、このようなことが続くとは思えません。近く戦争が起こる予想もあり、景気が下降してくることも考えられます。弊社は商品構成や販路、価格などを見直して新たな気持ちで望んでゆかないといけないと考えております。私は、そろそろ直販のやり方と部署を今年ぐらいに固めていただきたいと願います」

社長も先輩社員たちも直樹の発言に唖然とした。特に社長は直樹に質問で返した。
「斉藤君、何か根拠のある話か?それとも想像か?」
「根拠はあります。世界情勢を考えると中東情勢は不安定です。きっとアメリカは黙っていないでしょう。聞いた話では国連を無視するとか・・・これが引き金になって経済は不安定になってゆくと思います」
「アメリカが戦争を始めると・・・それは無いだろう。国連があるから」
「そう考えていない人たちが居るようです。一部のお金持ちはすでに年末に株を売り抜けています。これは本当の話です」
「どこでそんな話を教えてもらったのだ?勉強したのか?」
「いえ、聞いた話です。あくまで想像の域を出ませんが・・・」

直樹と社長の二人以外は黙って聞いているしかない話になっていた。

隣に座っている専務が口火を切った。
「そんな堅い話は明日会社でやってください!今日は新年会ですよ!楽しみましょう」
「そうだったな。斉藤君続きは明日だ!無礼講で好きなだけ飲んで食べてくれ!」社長はそう言って、話を中断した。

「ねえ、斉藤君。昨日あれからどこへ行ったの?」社長の妻の専務が聞いてきた。
「はい、浅草です。歩き疲れました。やはりすごい人でした」
「そう、あらっ?新しい時計してるわね?素敵じゃない!セイコーね。昨日買ったの?」
「はい・・・解りますか?お詳しいですね」
「そりゃそうよ。ちょっと斉藤君のこと気にしてたから・・・もしかして彼女からのプレゼント?」
「あっ、・・・はい。もうすぐ誕生日なので・・・」
「嬉しいわね。素敵な人だし、こんな良い時計プレゼントしてくれるなんて。愛されているのね。ところで彼女どちらにお住まい?」
「はい、渋谷です」
「名前は確か大西さんと言われましたね?」
「ええ、よく覚えてらっしゃいますね」
「私の実家も渋谷なの。それで主人と昨日は私の実家から帰るところだったのよ。大西さんご兄弟は?」
「お姉さんが居ますよ。同じ渋谷に」
「お名前は?聞いていい?」
「はい、山崎裕子さんです」名前が違うことを後から気付いた。まずかったか?そう考えた。

「・・・裕子ね。私の同級生よ。斉藤君。奇遇ね。じゃあ、あの方が美人の妹さんだったのね。どこかで見たことがあるお顔だとずっと気にしてたの。解ったわ・・・」
「そうだったんですか!こんなことってあるんですね。びっくりしました」

直樹は少しまずい展開になってきたと落ち込んだ。麻子が大西家に嫁いでいることは多分知っているだろうから、自分と二人で逢っていることが何を意味するのか、専務には察しがつくだろう。

二時間ほどで新年会はお開きとなった。専務は席を立ち社長のところまで行き、なにやら話して戻ってきた。

「斉藤君、社長はこの後法人会の新年会があるから出かけるの。送らなくていいから、ねえ、少し話しない?高田馬場だったわよね家は?じゃあ、明治通りのファミレスで待ってて。用事があるならまたにするけど・・・」
「はい・・・用事はありませんが、ボクと二人ですか?まずくないですか?」
「変な事に気を遣わなくていいのよ。専務と斉藤君だから」

直樹は雲行きが怪しくなってきたように感じた。何を聞かれるのか心配になってきた。駅の横にある指示されたファミレスは混んでいた。少し待合で待っていると、専務が入ってきた。

「あら、混んでるわね」間もなく斉藤様ご案内します、と呼ばれたので、専務を促して席に着いた。
「斉藤君、何にする?」
「ボクはブレンドコーヒーで、いいです」
「じゃあ、私も同じでいいわ」

テーブルにコーヒーが運ばれてきた。ごゆっくり!と店員が言う。ありがとう、と専務は言い返した。

「あのう・・・専務、お話ってなんでしょうか?」
「あら!急ぐのね。まずはコーヒーを飲んでからよ」
「はい、頂きます・・・」
「裕子はね、小学校と中学校が同じなの。近所だからね。私の旧姓は大橋、だから大橋好子。近所には大橋姓が多いの。ちょっと前にあなたに大橋さんという方から電話があったこと伝えたわよね?その人は言わなかったけど従兄弟なの」
「そうでしたか。それからそんな話し言われなかったから、関係ないのかと思いましたよ」
「忘れていたのよ。でも、昨日大西さんを見て、何か気になったのよね・・・あなたに聞いて納得した。ところでね、余計なことかもしれないけど、大西さんとはどういう付き合いなの?」

直樹は、さあ来た!という気持ちで身震いを感じた。もうありのままを話そうと決めていた。目の前に居る専務は信頼が置ける人だとずっと思っていたからだ。

「麻子さんはボクの大切な人です。結婚していますが、彼女の気持ちが変わらない限りずっと待ち続ける気持ちで付き合っています。僕に経済力がついたら結婚したいと考えています」
「・・・お姉さんの事は聞いているの?何故結婚していないか?」
「はい、知っています。裕子さんも応援してくれているんです。今ダンスのレッスンで世話になっていますが、とても優しい人で素敵な方です」
「そうなの・・・なんだか斉藤君とは不思議な縁ね。話さなくてもいいことだけど、夫の加藤は今の会社をやる前は丸井物産にいたの。輸入の関係で知り合ったイギリスの、あなたも知っているKlondyke(クロンダイク)さんとの取引で、日本の代理店を任せるから、独立しろって勧められて、丸井を辞めたの」
「そうだったんですか!丸井物産だったんですね!凄いなあ・・・まさか?それはないですよね専務!」
「そのまさかよ・・・だから、奇遇を感じているの」