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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 上巻

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 捜索願いが出され、警察、消防団が協力して数日間、近隣の山狩りを行ったが、結局判らずじまいとなり、行方不明として処理されることになった。
 住民の中には,「神隠し」だと騒ぐ者もいた。
 戦後の町村合併で町になる前は、Kと呼ばれる一集落に過ぎなかったS町は、その昔頻繁に行方不明事件が発生したので「神隠しの里」の異名を持っていた。
 
 夫惣吉を失くした久美は、仕方なく女の細腕で造り酒屋の切盛りをせねばならなかった。ところが、期待していた長男の健一郎も同様にいつしか山歩きに夢中になってしまい、揚句の果て、父親同様行方不明になってしまった。
 久美は彼等二人が山歩きに夢中になった上、行方不明になった元凶は例の掛け軸だと言った。
 夫惣吉が蔵にしまってあった掛け軸の箱を持ち出し、興味深げに眺めているのを目撃したと言う。
 健一郎が失踪してから、久美はその掛け軸を懸命に捜したが見つからなかった。
 彼女は考えた。
 息子が掛け軸と一緒に無くなった。
 つまり、息子は掛け軸を奪った相手に何処かで殺されたに相違ない。更に夫も掛け軸が原因で殺されたのだろうと。

 佐和子との電話が終わって、譲次は考えた。
 金鉱などではなく、山とカネとの間に他の関係がある筈だと。

 翌日の夕方、早めに会社を出た譲次は神田の本屋街を軒並みに歩いた。
 或る種の本を捜していた。
 昨夜、佐和子との電話を終わってから、床に入っても山とカネの事ばかり考えていた。
 会社の昼飯時に同僚の一人にそれとなく話したところ、彼はたちどころに、
「お前、そりゃ武田の埋蔵金だよ。甲州はその昔金峰山の山腹一帯を中心に金鉱だらけだったそうで、信玄はいざと言う時の為に今の値打ちにして数千億円の金の延べ棒などを何処かに隠したと言うじゃないか」
「そういう話は、何処で仕入れたの?」
「なんとなくだが。神田辺りを捜せば、その種の本が手に入るんじゃないの」
という訳で、早速神田に出向いて来たのだった。
 七、八軒目に漸く見付けたのが日本各地の埋蔵金に関する逸話を集大成した労作だった。
 武田の埋蔵金も収録されている。
 色々と逸話やら伝説があるようだ。
 早速購入して帰途を急いだ。
 電車の中はラッシュアワーで読書、それも文庫本でない単行本では嵩張る上に重くて読むには不向きである。
 帰宅すると、背広も脱がずにベッドの上に転がり、早速信玄の箇所を一字一句注意深く読み始めた。読み進む内に、心臓がドキリとした。
山水画の掛け軸と謎の和歌に関する伝説が紹介されていた。
(あった、あったのだ!あの三十一文字が!)

「立ち並ぶ甲斐こそ無けれ桜花松に千年の色は習わで」
 
 という事は、この本に登場している埋蔵金の在り処を示す絵図面を貼った掛け軸と、先日多田家の天井裏から見付けたコピーの掛け軸は同一の物という事か?
(これは大変だ!)
 多田親子が山歩きした理由は金鉱などではなく、既に精錬された碁石金、板金、太鼓判、竹流し金などに整えられた甲州金捜しだったのだ。
 これは、あの二人ならずとも誰もが夢中になる筈で、久美の想像した様に掛け軸の存在に気付いた者が所有者から奪おうと殺人を犯しても不思議ではない。つまり、掛け軸のコピーが出て来たことにより、健一郎の死因も、或いは惣吉の行方不明事件も他殺事件として、捜査のやり直しの必要も出て来る。いや、絶対にそうだ。
 兄貴の言っていた証拠とは、それを言うのだ。
 譲次は興奮する自分を抑え切れなかった。
 殆ど無意識に起き上がると電話機に近づき、幸一の自宅の電話番号をプッシュしていた。

 譲次の電話を受けた幸一は頭を抱えた。
 譲次の言うように「武田の埋蔵金」の在り処を示す掛け軸ともなれば、健一郎の死も十分事件性を帯びたものとなって来る。
 そして、他殺事件となれば、N署に捜査本部が置かれ、本部の介入が開始されることになり、自分も応援に出向くことにもなろう。
 しかし、N署の立場はどうなるだろう?
 事故死との発表が誤りであったとなれば、散々世話になった先輩の山田刑事課長の失点にもなりかねない。
 幸一としては、出来れば避けたいケースである。
 
 翌朝、金井管理官に相談してみた。
 金井は又しても課長席へ小松を誘った。
 幸一は課長に直に話さざるを得なくなった。
「どうでしょうか?そういう訳で多田健一郎の死因について再捜査の必要があるようにも思うのですが?」
「再捜査ね。上の許可を貰うには今一つ迫力に欠けますね」
 葉山は拡げた新聞を見遣りながら、そう言った。
「どう欠けますか?」
「その、なんですね。埋蔵金存在の信憑性がね」
「馬鹿げていると仰有いますか?」
「それに近いですね」
「しかし、軍資金の埋蔵そのものは当時実際に行われた事でしょう。必ずしも馬鹿げているとは思いませんが?」
「そうらしいけど、今まで埋まったままで保存されているかどうかの点がね。信玄と言ったら四百年も前の話でしょ。それに確か穴山梅雪の返り忠とかで、徳川方に寝返った際、すべて掘り出して一部を家康にも上納したと言う話を聞いたことがありますよ」
「流石、歴史面もなかなかお詳しいですね」
「いや、それ程でも。とにかく再捜査の為には何か今一つ欲しいですね。何せ、転落死で一件落着したことですからね」
「そうですか。無理ですか」
「弟さん、信玄の埋蔵金に首突っ込んでるんですね。よろしく言っといてください」
 幸一は課長の言葉が皮肉っぽく聞こえた。
 譲次に言ったら、さぞ怒るだろう。
 同時に、再捜査は無理との結論に、幸一は内心ほっとするものを感じていた。
 
 一方、譲次は神田で購入した本を読み自分なりにポイントを書き出してみた。

 信玄が出陣前夜に埋蔵させた五十駄の武具に見せた甲州金の逸話だが、弓削新太郎正勝という穴山梅雪の腹心である人物が武田の軍資金の所在地を示す絵図面を子孫に残したとある。
 
 絵図面は誰が書いたものか?又、書き込まれた和歌は何を意味し、誰が書き込んだものか?
 弓削正勝はその意味を理解していたのか?
 
 馬五十頭で運んだ甲州金はどの位の価値があるものか?
 現在の価格に換算すると、仮に馬一頭が百キロ運んだとして、一億五、六千万円、五十頭なら八十億円程度となる。
 お家再興の為の軍資金としては余りにも少な過ぎないか?
 現在の山梨県の年間予算は約四千億円と聞く。
 同額とは言わないまでも甲斐の領国経営にはそれなりの纏まった資金が必要だと考えるべきだろう。  
 因みに、結城家の埋蔵金は五、六兆円、里見家の場合は十兆円と言われている。
 
 埋蔵に加わった五十人の足軽を口封じの為に三人の腹心(梅雪も加えれば四人)が切り殺したと正勝が述懐しているが、果たして可能だろうか?蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまうのではなかろうか。     
 それとも振る舞い酒でも飲ませたか、或いは、いっそ毒酒でも飲ませたか?

 信玄の埋蔵金は数箇所に分けられていたとの記録もある。
 とすると、多田家にあった絵図面は信玄の、どの埋蔵金に相当するのか?

 著書では絵図面は柳沢峠ということになっており、しかも穴山梅雪によって掘り出されたとある。
作品名:黄金の秘峰 上巻 作家名:南 総太郎