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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 上巻

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 其の後、健一郎の僅かばかりの骨の遺体が警察から引き取られた。
 安手の白木の棺から最高級の棺に移された遺体は、頭の部分には詰め物をして格好を整え上から白布が被せられた。
 地元でも名の有る酒造会社らしく葬儀は盛大に営まれた。
 母の久美は葬儀にも出席しなかった。
 娘の佐和子から健一郎の遺体が発見されたことを聞かされても、瞳に僅かな反応を示しただけだった。                 
 夫惣吉の失踪以来、次第に家業から遠ざかり自室に籠もり勝ちになった。更に五年前の息子健一郎失踪により、精神的打撃は極に達したらしく、余り口をきかなくなってしまった。
 佐和子はアチコチの医者に久美を連れて行き診て貰ったが、体の何処も悪くはなく精神的ショックによる鬱状態だと言われた。
 その後益々悪化し、昨今は完全な鬱病に陥り自殺のおそれもあるため、刃物等は身辺に置けない状態になっている。
「京ちゃん、正直言って,未だに健さんの転落という死因には疑問を感じるんだが。京ちゃん、どう思う?」
「ええ、実は私もピンと来ないのよ」
「この前、電話で兄貴に言ったら怒っていたけどね。やはり、お役所だからね。歴然とした他殺死体などと違って、出来るだけ穏便に済ませたいという心理が働くんだろう。色々事件も多い事だし」
「私も幸一さんが刑事さんだから言いにくいんだけど、兄さんの山歩きの経験から見て納得できないのよ」
「・・・・・」
 譲次は、幸一が言っていた、
「犯罪によるものと判断するに足る証拠」
と言う言葉を思い出していた。  
 それらしい証拠があれば、捜査は再開するのだろうか?
 余程の事でない限り、一旦転落による事故死と正式発表した手前、警察はオイソレと腰をあげまい。
 余程の事と言える、決定的証拠とは何だろうか?
「京ちゃん、健さんが山に入る前に何か気になる様な事を言っていなかった?」
「うーん、私も東京に住んでいて兄さんとは余り会っていなかったから。姉の方が色々知っているんじゃないかしら」
「でも、時には妹の顔を見に、健さんも東京へ出て来ることはあったんだろう?」
「ええ、数ヶ月に一遍ぐらい」
「最後に会った時、何か言ってなかったかな?」
「そうねえ。そう言えば最後の時じゃないけど、いつかこんな事言ってた様に思うわ。工場を拡張するにはどの位のカネが要るかな」
「工場拡張?」
「ええ」
 特に謎めいた言葉でもなく、工場経営者としては常に抱いている夢かもしれない。
 自分が働いている商社とて矢張り事業拡大を暗黙のスローガンとしているし、資本主義社会の常識だろう。まして昨今の平成不況前のバブル時のこと故、工場拡張は世間の趨勢だった。
 しかし、譲次は敢えて特別な意味に解釈したかった。
 犯罪の証拠捜しの為である。
 健一郎の言葉は一見、京子への質問の形をとっているが、京子に答えられる筈のない,言わば愚問である。
 当時の京子は証券会社のOLに過ぎなかった。となると、健一郎の独り言になる。つまり、当時の健一郎の関心事のひとつに工場拡張があったことになる。
 しかし、其の拡張の必要性はさし迫ったものだったのだろうか?
 これは姉佐和子への質問としよう。
 次に必要資金の工面について、健一郎はなにか手立てを考えていたのだろうか?
 銀行に融資を仰げば当時の事ゆえ、容易に受けられたであろう。
 それとも、それ以外に何か当てがあったのだろうか?
「京ちゃん、今週末健さんのお墓参りに行って来るよ」
「そう、じゃ私も行く」
 譲次は姉の佐和子に会ってみたかった。それに、幸一とも直接会って話し合うべきとも考えた。
「京」は、今やたけなわ、満員の人いきれと煙草の煙で、流石の譲次も逃げる様にして店を出た。

 多田酒造の母屋の居間に譲次は通された。
 日曜日とあって、工場の構内も静かである。
 初冬の陽射しが、居間のガラス窓からいっぱいに入り、足元の暖房器具が要らない程である。
 暫くして多田酒造の美人姉妹佐和子と京子が入って来た。
 佐和子は和服、京子はセーター姿である。
「昨日はどうも有難う」
京子がそう言うと、傍の佐和子も一緒に頭を下げた。     昨日は寒風の中を健一郎の墓参りをした。
 甲府の市街地を見下ろす高台の寺の裏手に墓地はあった。
 線香を上げながら、譲次の疑念は募るばかりだった。
(健さん、俺は信じられないよ。健さんがあんな処で足を滑らせるなんて。きっと、何かあった筈だ。俺は必ず健さんの死の真相を暴いてみせるからね)
 墓前でそう誓ったのだった。
「兄貴がそろそろ来る筈だけど、始めるとするか」
 譲次は、出された濃い目の緑茶を啜ると、そう言った。
「佐和ちゃん、京ちゃんから聞いたと思うけど、俺、健さんの死因に納得いかないんだ。あの山登りのベテランが、事もあろうに地元の金峰程度の尾根から落ちるなんて」
「ええ、私も同感なんです。でも、警察の方で事故死として発表するからには、それなりに調べた上でしょうし、私達が騒ぎ立てたところで、兄が生き返る訳でもないし」
「そりゃ、そうかも知れないけど。ところで、質問があるんだ」
「ああ、工場拡張の件ですね」
「うん」
「私も耳にしてます。私には、近い内に工場を大きくするって、言ってた様に思います」
「近い内って?」
「ええ」
「それで、工場拡張はどうしても必要だったの?」
「いいえ。現場の方からも、そう言った話は聞いてませんでした」
「それじゃ、健さんの一存ってことになるな」
「そうなんです。でも、当時既に家業より山の方に熱中していた兄の言葉としては変なんです。今、考えてみると」
 譲次も、健一郎が酒造から山に関心が移ったという話は、京子からも聞いていた。
(益々妙だな。本業に関心の薄い人間が、突然本業の拡大を考え始めるについては、何らかのキッカケが必要だ。いや、元々本業に励んでいた人間が、何かのキッカケで山に関心が移り、後に再び何かのキッカケで本業への関心に舞い戻ったと言うべきか。このキッカケ,動機とは何かを解けばよいのだ)
 譲次は考えた。
 登山と工場拡張を結ぶものは何か。いや、山と拡張資金と言い換えた方が適切かも知れない。
 山とカネか。
 しかし、山とカネとの結び付きとは、どういう事か?
 文字通り、金山、金鉱、新しい金鉱でも発見したのか?
(そうだ、これだ!)
そう考えれば、健一郎の父親、惣吉の山での行方不明も頷ける。二人共、家業を忘れた訳ではなく、何かのキッカケで惣吉が金鉱
を発見し、惣吉の死後、その発見の記録を健一郎が読んで同様に不慮の事故に遭ったということなら、想像出来る。
しかし、そうならば、何故秘密にしておくのだろうか?
当然,鉱山事業として機械力を用い採掘せねばなるまい。
それとも、まだ其の前の段階なのだろうか?
それにしても、金鉱捜しの技術的知識を、二人は何処で覚えたの
だろうか?
 酒造りの技術と共通点があるようには思えない。
 それとも信玄時代の旧鉱跡でも?
 ジッと考え込む譲次の様子を、二人の姉妹が見守っている。
 その時、珍しく和服姿の幸一が、居間に通されて来た。
 一通り、挨拶の済むのを見計らって、譲次が口を開いた。
作品名:黄金の秘峰 上巻 作家名:南 総太郎