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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 上巻

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 それは、N署時代に徹底的に仕込まれたものである。
 人に後ろ指を指されぬよう懸命に努力して来たにも拘わらず、余りのスピード出世のため、あからさまに嫉妬する者が本部内でも少なくなかった。

 二日後の夜、幸一が帰宅すると、頼子から一通の宅急便を手渡された。
 頼子は、仕事熱心な日頃の夫の様子から、食事は後回しにしてでも、先ず譲次からの写真を検討するだろうということを承知している。
 案の定、もどかしそうに自分で開封すると、出てきた写真に見入っていた。
 暫くして、タバコに火を付け思いっきり吸い込んだ。
 フーッと大量の煙を吐くと、
「頼子、飯だ」
「はーい」
 頼子は台所に立った。
 まだ子供を生んでいない妻の華奢な後姿を幸一は眺める。
 二人は家が近かったので幼い頃から一緒に遊んだ仲で、結婚も早く、幸一が警察学校での二度目の寄宿生活を終え、N署に配属されて二年後の二十二歳、頼子十九歳の時だった。
 幸一が全寮制の警察学校で二回に亘る、都合一年三ヶ月の寄宿生活の期間中、未だ高校生だった頼子が殆ど毎週の様に面会に来てくれたことが学校内でも有名になり、幸一は仲間に散々冷やかされたが内心悪い気持ちはしなかった。

 幸一は明日の段取りを考えた。
 先ず管理官に報告し、上の許可が下りれば最寄りの署に連絡せねばならない。
 現場が金峰南面の「千代の吹き上げ」故、北巨摩郡須玉町の域内の筈だから、N署の管内になる。
 N署は警察の実務を最初に覚えた古巣であり、仕事面のみならず遊びの面でも大勢の先輩がいる懐かしい署である。
 現場での確認作業が済み、死体と確認されれば変死として検視の対象となり大勢の係員が登山することになろう。
 場所柄、先ず事故による異常死体の可能性が高いが、検視の結果次第では犯罪死体としてN署に捜査本部が設置されよう。
 いずれにせよ、二千五百メートルを超す高山の岩稜地帯の、それも絶壁の中ほどの狭い岩棚での作業となると、ザイルを使ってのロッククライミングの経験者でなければ危険過ぎるだろう。
 其の人選も考えねばなるまい。
 幸一はN署の明日からの多忙な日々を頭に描いた。

 翌日幸一は出勤するなり、上司の金井管理官に写真を見せ判断を仰いだ。金井は五十年配の温厚な紳士である。
「うむ、なるほど。課長に聞いてみよう」
 理事官が席にいないのを確かめて、金井はそう言った。
 二人は課長席でのんびり新聞を拡げている葉山に近寄った。
 葉山はいわゆるキャリア組のため、二十五、六歳で既に警視だが、現場の知識も乏しく課長の席を出世への階段の一つとしか考えていない日頃の言動に、幸一は肌の合わないものを感じている。この、謂わばお飾り課長のために、補佐役のベテラン警視の理事官が一人、更に警視の管理官達八人が三から十係までの強行犯捜査係長達をそれぞれ束ねている。
(民間の企業では考えられない、いかにも無駄を感じさせる二重構造の組織である)
 葉山は先ず所轄署に連絡し誰かに現場へ出向かせ死体がどうかを確認することが必要だろうと言った。
 早速幸一はN署に電話した。
「なに、白骨死体らしい?判った。署内の誰か、山好きな奴に行かせよう」
 N署の刑事課長、山田が快く承諾してくれた。
 山田課長は、小松が色々面倒を見てもらった五十歳を超える大先輩の警部である。
 矢張り人脈の大切さを痛感させられる。
 
 夕方近くなってN署から連絡が入り、若い二人の署員が倍率百二十倍の天体望遠鏡を持って現場近くまで登り確かめた結果、狭い岩棚の壁際に風雨で吹き寄せられた格好の衣服の端から人間の掌と思われる白骨が覗いていた。
 肝心の頭部が見当たらないので、今ひとつ断定しがたいが,十中八九、白骨死体と見て間違いなかろうとの報告により、早速署内に現場検証チームを編成したとのことだった。
 検視は山田課長が検察を代行すると言う。
 
 翌日、車数台を連ねたN署の一行は早朝に出発、佐久甲州街道から韮崎増富線に入った。
 ラジウム含有量東洋一を誇る増富温泉郷へ通じるため、増富ラジウムラインと今風の名称が付けられている。
 ズルズルと長い道である。
 須玉町の中心街を通り抜けた後、幾つかの集落を通過する内に次第に山間に入って行く。
 増富温泉郷を通過し、紅葉の盛んな本谷川沿いの狭い林道を登り、金山平まで辿り着いた。
 その昔、武田信虎や子の信玄の頃、この辺一帯は大規模な金山で、金山千軒と呼ばれる程の賑わいだったと言う。
 金堀人足達は辛い仕事の疲れを,五キロ程下流の増富の湯治場で癒したことだろう。
 林道は尚続いている。
 狭いながらも舗装はされて、足場の悪い場所では厚い鉄板が敷かれ、車の通行には全く問題ない。
 金山峠と呼ばれる小さな峠で道は二つに分かれるが、右の富士見平への未舗装の林道を登る。
 一般車両の通行を禁止しているが、一行は道を塞いだゲートを開けて暫く登った処で下車した。
 ここからは愈々徒歩で登らねばならない。
 急な山道を一行はゾロゾロと行く。周囲には白樺の白い幹が目に付く。
 登りきった処が富士見平小屋である。
 ここでも道は二手に分かれている。
右手の道が金峰に通じている。
左の道の行く手に立ちはだかる異様な山容に一行は目を見張った。まるで、巨大な鬼の掌でも見上げている様だ。
 瑞牆山(ミズガキヤマ)である。
 岩だらけの山塊が負い被さって来る様な錯覚を覚える。
 誰かが訳知り顔で喋っている。
 瑞牆とは玉垣とか神垣と同意義で垣根のことだと言う。
 小屋で水を補給すると、次は二時間近い登りで大日小屋まで頑張らねばならない。
 既に時計は九時を回っている。
 大日小屋で一服した後、愈々縦八丁の急登である。
 皆、息を切らせて岩場の多い大日岩の基部を通過し、砂払いの頭と言う名の場所に着いた。
 望遠鏡で覗いたという若い巡査が道案内で同行しているが、彼の指差す絶壁は更に先だった。
 岩棚の真上に到着した時は正午を過ぎていた。
 現場到着と同時に、現場保存の基本的な手順を踏むことになった。
 単なる転落による異常死体だと思ったものが、実は他殺による犯罪死体だったとなると、最初の段階での現場保存が問題となって来る。
 しかし、痩せ尾根上の狭い岩場では、保存の作業は容易でない。持参したロープを周囲に廻らせ、登山客等の立ち入りを禁止する
立て札も一応立ててはみたが、山の強い風雨にどこまで耐えるか疑
問だった。
 一通りの作業が一段落するまで、鑑識係の一人が写真を撮り続ける。
 愈々山登りの得意な鑑識係の署員がザイルに体を結びつけ,スルスルと崖下に姿を消した。
 約四十メートル下方の岩棚に到着した鑑識係の声が周囲にこだました。
「着きました。死体に間違いありません。しかし、頭部他かなりの部分が欠落しております」
 山田刑事課長が答えた。                 
「よーし、よかったら回収しよう」
 暫し鑑識係の返事を待つ。
 吹き上げる風に山田の薄くなった白髪混じりの頭髪が乱れている。
 傍に立つ若い嘱託医は興味深げにジッと崖下を見詰めている。
「オーケーです。引き上げて下さい」
「よーし、引っ張るぞ!」
作品名:黄金の秘峰 上巻 作家名:南 総太郎