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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 上巻

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「黄金色」を直接「埋蔵金」と読み替えることは出来まい。
一体、「黄金色」とは何を意味する暗号か?

譲次は週末を利用して増富温泉を訪ねた。
前回は写真撮影が目的であったが、今回は別の計画を持って乗り
込んで来た。
絵図面に書き込まれた和歌を譲次なりに解釈した限りでは埋蔵地
は柳沢峠とは全く方角の違う瑞牆山の近辺という結論に達した。
(先ずは現地調査だ!)
と当地へ乗り込んで来たわけである。
 もっと奥にも宿のあることは知っていたが、この増富温泉で風呂に入りたかった。
信玄の時代には大規模な金山がこの奥の金山平にあった。
当時の鉱夫達は、この湯治場で疲れた体を癒したであろう。

譲次はふと思い付いた。
宿の主人に、信玄の埋蔵金の逸話などに詳しい地元の人間はいな
いか聞いてみた。
幸い、従業員の一人の由良俊次がそういう事が好きだと教えて呉
れた。

由良は八十前後の老人だった。
譲次は信玄の埋蔵金などの伝説の有無について聞いてみた。
由良の話は興味深かった。
譲次が生まれたS町の古い伝説だった。

信玄の軍用金埋蔵に関わった足軽の一人が、埋蔵後の口封じの為
の毒殺を察知し、山から逃げ下りて来て、Kという集落の百姓家に匿われた。
その後間もなく穴山梅雪の裏切りで武田が徳川に敗れ、更に梅雪
も本能寺の変で急遽堺からの帰国の途次、山城宇治田原で土一揆に襲われ四十二歳で横死した。
足軽は、百姓の家に婿入りし、子供もつくり農作業にも精出した。
しかし、巨額の軍用金の事が頭から離れず、自分一人では悩みに
耐えられず、遂に埋蔵金の秘密を妻に打ち明けた。
妻は信玄の埋蔵金と聞いて恐れ多い事だと耳を塞いだ。
 元足軽の夫は、徳川方が既に発掘したのではないか気に掛って仕方がないと言うと、義父が埋蔵地へ行くにはこの集落を通らねば行けぬと言った。
それならば埋蔵金はまだ眠ったままなので、一度山へ入ってみた
いと夫は言い、何度か山へ入ったが、或る日それきり帰って来なかった。
里人は神隠しだと騒いだ。埋蔵金を捜しに行ったとは誰も知らな
かった。
妻は山で何かか起こったのだと考えた。
しかし、男手と言えば年老いた父親だけなので捜しに行くことも
出来なかった。
時代は下って明治の中頃、その百姓家の改築が行われた際、大黒
柱の根元に小さな穴が見付かり、其の中に何かが詰まっているのが偶然発見された。
釘で引っ掻いて引っ張り出そうとしたところ、引っ掻いている内
に残り半分が千切れてしまい、引っ張り出した紙片を拡げて見ると、「武田の埋めた金は金・・・」と読み取れた。
その百姓家の主は足軽だった先祖が残した埋蔵金の秘密は嘘でな
かったと大騒ぎして百姓仕事を放り出して山へ入った。
しかし、「金」を地名と解すれば金峰山、金桜神社、金山平の三
ヶ所があり、仮に何処かの金鉱跡となると数多く、それをどう探索するかが問題だった。
或る日、百姓家の主は家を出たきり戻らなかった。
里人は神隠しだと噂し合った。
他所の者達が「神隠しの里」と呼ぶ様に、その後時折里人が突然
行方不明になるのだった。

由良は自分の推測を付け加えた。
神隠しの種明かしだった。
頭のおかしくなった百姓は自分の黄金だと信じ込み、後から黄金
捜しに山入りする里人を襲っては殺害し、遂に自分も返り討ちに遭ってしまったのだろうと。

譲次はこの伝説に妙に惹かれるものを感じた。
どこかで聞いた話の様な気さえする。
その百姓家はその後どうなったのだろう?

翌日早朝に起床し食事を済ますと弁当を作って貰い、宿の主人の
好意で金山峠まで車で送って貰うことになった。
「どうも済みませんね。お手数を掛けまして」
「いや、別に造作もない事で。さっきもお一人お送りしたところです」
 そう言って、主人は笑顔で答えた。
 これでかなり時間を節約できる。
 
雪道を踏んでの登山が始まった。
富士見平小屋から改めて瑞牆山を眺めた。
この山を信玄は「太刀並ぶ」と表現した。
言われてみれば、なるほどズバリの表現だと思う。
この山からさほど遠くない場所の長野県側に埋めたと言っている。
急にこの瑞牆山が親しいものに感じてくるのだった。
譲次は腹の中で、
(絶対に捜し出してやる)
と、信玄との知恵比べに正面からガップリ四つに組んだ。
生憎ガスが掛って来た。
大日岩下の急登に差し掛かった時、直径三、四十センチほどの岩
が突然上から転げ落ちて来た。
譲次は危ふく落石に巻き込まれ大怪我をするところだった。
運が悪ければ命さえ落としかねない。
(山の斜面を登る時は、常に上方への注意を怠ってはならない!)
これは、白馬の大雪渓を登る時、多田健一郎から教わったことで
ある。
しかし、ここで落石を経験したのは初めてである。
 真東に向かって尾根に出れば、突然視界が開ける筈だが、生憎のガスである。
この尾根道こそ、まさに山梨と長野の県境である。
ここから右に登って行けば二千五百九十八メートルの金峰山(キ
ンプサン或いはキンプセン)に向かい、左に下れば小川山に続く。
(この界隈に埋蔵金があるのか?)
周囲は一面の乳白色である。
仕方なく、金峰山に向かって尾根を登り始めた。
足元は見えるので、用心深く俯いて歩く。
暫く行くと健一郎が白骨死体で見付かった「千代の吹き上げ」に
差し掛かった。
(こんな所で転落するような健さんじゃない。彼はそんな素人じゃ
なかった)
譲次は改めて実感した。
ガスっている為、素晴らしい眺望は楽しめない。
其の時、崖下から一陣の風が吹き上げて来た。
肌を刺すような冷たい風である。
風に混じって、自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。
(気のせいか?)
耳を澄ました。
矢張り風の音ばかりである。
(こんな冷たい風に、健さんは五年も晒されていたのか。それも狭
い岩棚にへばり付くようにして。さぞ辛かったろうに。若し、自分
が「千代の吹き上げ」を撮影していなかったら、いや、撮影しても
カメラが捉えていなかったら、健さんはいまだに辛い思いを続けて
いただろう)
そう考えると、譲次は自分の撮影が偶然ではなく健さんに呼び寄
せられたもののように思えて来た。
譲次は手を合わせると崖下に向かって
「健さん、犯人は必ず探し出すから。見ていて下さい」
と叫んだ。
其の時、後方で妙な音がすると何かが譲次の耳を掠めた。
(何だ?)
ガスの中で腰を屈めると、音のした方に向かって身構えた。
「誰だ?出て来い!」
大きな声で叫んだ。
「ガスの中で襲うとは卑怯ではないか?。何者だ?返事しろ!」
しかし、誰も現われなかった。
(卑怯な奴め!ひょっとすると先刻の落石もそいつの仕業かもしれ
ない。これは気が許せないぞ。それにしても、何故自分が襲われる
のか。考えられる理由は、埋蔵金探索以外ない。ということは、自
分の探索がいよいよ目標に近づいたということか?健さんを殺害し
たのは、絵図面を奪い取る為だった筈。自分の場合は埋蔵地を知ら
れたくない為か?となると、甲武の連中ではない。甲武の他にも埋
蔵金に絡む者が居るのか?それは誰だ?)

金峰山は、山麓の金桜神社の奥宮で、大昔紀州金峰山の蔵王権現
作品名:黄金の秘峰 上巻 作家名:南 総太郎