黄金の秘峰 上巻
が分祀されて以来、同名で呼ばれるようになったが、「金の峰」の文字が山麓の数多くの金鉱と結び付けられて色々な伝説めいた話が生まれたと聞く。
譲次はふっと思った。
(まさか、健さんはそんな連想で金峰山を探索していたのではある
まいな?)
たとえば譲次が今立っている金峰山頂上の玄武岩の周囲を探し回
ったとか。その為に、今しがた自分を襲った奴に此処から崖下へ突き落とされたということも考えられる。
然し、そうなると甲武建設はどのようにして柳沢峠での発掘が可
能になったのか?
健一郎から絵図面を買ったのであろうか?
それにしても、この金峰山の頂に信玄は埋蔵するだろうか?
名前は其のものズバリで、打って付けの場所だが。
この高さの頂上まで重量のある竹流し金、板金、碁石金等などを、
わざわざ運び上げたにしても、金峰山頂上は蔵王権現ばかりか古代
から幾つかの神様を祀ってあり、今と違って参拝者も多く、埋める
にしても、掘り出すにしても人目に付きやすい不適当な場所であっ
た筈だ。
譲次は水晶峠経由で金桜神社へ降りた。
書物によると、明治以前は金桜神社門前の御岳の集落には神主の
家七十軒、信者を泊める宿泊所二百軒が在ったと言う。
如何に修験道の霊場として栄えていたかが窺える。
譲次は、想像してみた。
それほどこの山道が頻繁に利用されていたならば、金を運ぶ良い
手立てが在るではないか!
修験者の姿で背負った笈(おい)こそ、金を運ぶには好都合な運
搬具ではなかろうか!
しかも、長い行列を作っても誰にも怪しまれずに済む。
(そうだ!信玄はこの方法で金を運び上げ、瑞牆山近くの信州側に
軍資金を埋蔵したのだ!)
金桜神社に立ち寄ることにして、名物の大杉の階段を上りきった
時、神社の裏手へすっと見えなくなった男の背格好に、見覚えがあった。
(誰だっけ?)
どこで遭ったのか思い出せない。
譲次は其の男の後を追うように自分も神社の裏手へ回って見た。
「鬱金(ウコン)の木」と書かれた立て札の前で一人の男が立って
いる。
しかし、其の男は見覚えのある人物とは似ても似つかぬ修験者風
の格好をしている。背に笈を背負った六十前後の老人である。
年恰好は同じだが、今しがた見た男とは全く違った風体である。
今時珍しい長い頬髯を蓄えている。
譲次は周囲を見回した。
道は行き止まりである。
(一体何処へ消えたのか、さっきの男は?)
止むを得ず、譲次はその「鬱金の木」を眺め、札を読みはじめた。
何の変哲もない木には興味も覚えず、頭の中は消えた男の事だけ
だった。
傍らにいた修験者風の男は立ち去った。
譲次も仕方なくお参りを済ませ、金桜神社を後にした。
まるで狐につままれた思いで、バス停留所で本数の少ないバスを
待った。
譲次は幸一の家に立ち寄ることにした。
頼子が夕飯の支度をしている間、二人はビールを注ぎ合った。
「兄貴、増富で面白い伝説を聞いたよ」
「どんな伝説だ?」
「実家のある町の話でね。信玄の軍資金の埋蔵に関わった足軽の話
なんだ。なんでも毒殺を察知して百姓家に逃げ込んだ足軽が、埋蔵
金欲しさに山に入る内に行方不明になったんだって。明治になって、その家の大黒柱から「金は金」と書かれたメモが出て来た為、その百姓家の主は大騒ぎして山入りを繰り返す内、自分も行方不明になったと言うんだ」
「よっぽど金に執り付かれた家系なんだな」
「うん。ところで、今日、金峰山で二度襲われたよ」
「襲われた。誰に?」
「それが誰だか分からない」
「どんな風に襲われたんだ?」
「一回目は落石、二度目はガスの中での飛び道具。何の飛び道具か
分からないけど」
「そりゃ危険だ。もう、宝探しはやめろ。命をとられちゃ、元も子
もない」
「しかし兄貴、俺が狙われたということは、それだけ埋蔵地に近づ
いたという事だろ?」
「そういう事だろうな」
「誰か埋蔵地を知っている奴が邪魔をしているんだ」
「そういうのが居るとしても、自分でも掘れないわけだ」
「掘り出せないから、人にも掘られたくないというわけか」
「まあな。それにしても人殺しを何とも思わない奴を放って置くわ
けにもいかぬな」
「そいつは何故知っているのかな?俺の場合は掛け軸のコピーとい
うキッカケがあったけど。ああ言う物がなかったら、どうして埋蔵
地を知ることが出来たのかな?」
「うーん。お前の言う伝説の関係者かな?それとも絵図面の和歌を
解いた人間が他にも居るのかもな?」
「それは有り得るな」
「ともかく、これ以上は危険だから止めとけ」
「だけど、残念だな」
「命あってのモノダネ、だよ。それに掘り出したとしてもお前の懐
に入って来るかな」
「エッ、何で?」
「場所を考えてみろよ。国立公園の中だよ。しかも国有林じゃない
のか。そうだったら、無闇に手は付けられないよ。国庫に帰属とい
うことになるかも」
「なるほど、くたびれ儲けという奴か」
「お前本気で掘り出す積もりだったんか?」
「まあ、半々といったところ」
「武田の金彫り人足達が、恐らく深く埋め込んだものを、素人が十
人や二十人掛ったところで掘り出せるものじゃなかろうと思うよ」
「それもそうだな。ところで、話しは変わるけど、金桜神社で妙な
ことがあったんだ。追った男が神社の裏手で消えちまったんだ」
「追った男って、誰を追ったんだ?」
「それが誰だか思い出せないんだ」
「なんだい、そりゃ。お前も相変わらずだな」
「その代わり、修験者みたいな老人がいたんだ」
「ふーん。其の老人じゃないのか?」
「だって、身なりが全然違うもの」
「忍者の様に早変わりしたとか」
「まさか。わずか数分の短い時間で?」
「慣れていれば不可能じゃないかも。何か持っていなかったか」
「背中に笈を背負っていた」
「それだよ。其の中に着替えを入れて歩いてるんだ」
「そうかな。俺は神社の建物に入ったんだと思うんだ」
「はーい、お待ちどうさま」
頼子がトレイに幾皿かのご馳走を作って運んで来た。
「この田楽の大根はお母様から頂いたものなのよ。美味しいわよ」
「おい、譲次。時にはお袋の所へも顔を出してやれよ」
「うん、分かってる」
そう言いながら譲次は、目の前の熱い田楽に夢中でむしゃぶりつ
いた。
其の様子を幸一と頼子が、笑って眺めている。
「譲次さん、早くお嫁さんを貰いなさいな」
頼子の言葉に、
(何処かで聞いた台詞だな?)
と、譲次は思った。
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