マイクロ・バン
いつのまにかあの日から一週間が経っていた。太陽は大分傾いていて中学校だったら放課後の部活で薄っすらと汗をかき始める頃だった。
何も考えずにただ黒い点を眺めていると、玄関チャイムの鳴る音が僅かに聞こえた。
すぐに母の「はーい」という声が聞こえ、続いてドアの開く音がした。
「こんにちは、先生に頼まれてプリントを持って来ました」
多少気取っている様にも思えたけど、聞き憶えのある声はやはり綾香の声だった。
わざわざ先生に頼まれて、というあたりが迷惑そうに聞こえて僕は身体が更にベッドにめり込んでゆく様な気になった。
「あら、あなた綾香ちゃんじゃない?」
「あ、はい。ごぶさたしてます」
「あらぁ、すっかり女の子になっちゃったわねぇ。挨拶もちゃんとできてウチのドラ息子が恥ずかしいわ」
「いえいえ、母には弟よりがさつだって言われるんですよ」
玄関先の声は良く響いて、二階の僕の部屋まで鮮明に聞こえてくる。
「あらそうなの、でもお母さんにそっくりね。そういえば――」
「あの、すみません。風邪だって聞いたけど、今は起きてますか? プリント、説明しないと解らないからって――」
綾香は母さんの長話しに付き合わされるのは危険だと察知したのか、見事なまでに話しの腰を折ったみたいだ。
僕は許されるならそのコツを教えて貰いたいと思った。
「あ、そうね。ってゆーかあれ仮病なのよ。調子悪いとか言ってるけど、ごはんはちゃんと食べてるし、あたしがお使いに出ると冷蔵庫とか漁ってるみたいだしね。綾香ちゃんからもガツンと何か言ってやってね」
まったくかあちゃんは恥ずかしい。ああやっていつも僕に恥をかかせるのだ。
と考えている間に、階段を登ってくる音が聞こえてきた。と思ったら、ノックもせずに部屋のドアが開いた。
僕は慌てて起き上がる。
「起きてるんでしょ。ほら綾香ちゃんが来てくれたわよ。憶えてるでしょ? 小学校一年の時……」