小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

幽霊機関車

INDEX|5ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

それは、村の駐在所に通報することでした。
学校のまん前にあるT町署管内の駐在所には確か若い巡査が最近赴任して来た筈です。
(しかし、ゲンさんの亡霊話をそのまま伝えても、果たして若い巡査が受け入れるだろうか)
と思いました。
昨夜の叔父達の反応を考えてみても、若い人ほど理論的に物事を考える傾向があるので、あまり非科学的な話をすれば軽蔑の態度すら示しかねません。
私は、これ以上馬鹿にされるのが厭でした。
そんなことを考えている内に、学校の前に来てしまいました。
駐在所は目の前にあります。
駐在所といっても、現在の交番のようなスマートなものではなく、普通の住宅です。玄関の脇に自転車が置いてあるところを見ると、まだ外出はしていないようです。
思い切って玄関のガラス戸を開けさえすれば良いのです。
「何処さ行く?」                      
一緒に登校中の仲間が聞くのを背に、私は玄関に突進しました。
「お早う御座います」                   
元気よく挨拶したものの、戸はスムーズに開きません。
「はーい」                        
中から、幾分間の抜けた声がしました。
「お早う御座います」                   
私はもう一度声を出し、内側から巡査が戸を開けてくれるのを期待しました。                         
しかし、誰も玄関に近付いて来る様子はなく、相変わらず
「はーい」                        
と言うばかり。 
「ちょっと、開けて下さい」
私は悲鳴に近い声を上げました。
漸く足音が聞こえ、玄関の戸がガタピシと開きました。
パジャマ姿の青年が箸を片手に私を見下ろしています。
早朝からの来客が小学生と見ると、訝しげに聞きました。
「なーんだ?」
朝食の邪魔をされて多少不機嫌の様子です。
「報告したいことがあります」
と言ってから、亡霊は具合が悪いと思い、とっさに表現を変えてみました。
「或る所に死体が捨てられているのです。それを調べて下さい」
一瞬青年の顔がエッと言う顔付きになったが、すぐ元の表情に戻り、
「あんちゃんの名前は?担任の先生は誰?朝っぱらからお回りさんの邪魔をしちゃ駄目でねえか。忙しいのに」
食卓に戻りかける青年の背中に向かって私は訴えました。
「嘘じゃないです。あの「馬捨て場」に捨てられているのは間違いないんです」
「あんちゃんな。大人をからかっちゃだめだ。どこの「馬捨て場」か知らねえが、人間は墓に埋めることに法律で決まってんだ」
食べかけの食事に手を付けながら、青年はそう言いました。
「だから大変なんです。兎に角、「馬捨て場」を調べて下さい」
「だけっど、何んであんちゃんが知ってんだ。誰に聞いたんだ?死体の事を」
「ゲンさんの亡霊がそう言ったんです。本人が言ってるんだから、間違いないと思います」
言い終わって、私はしまったと思いましたが、もう後の祭り、途端に巡査の顔色が変わりました。
私を睨むなり、
「そこに待ってな、着替えるから。校長先生んとこへ行くべ」。
私は慌てて外へ逃げ出すと、校門の中に飛び込みました。
別に構内が治外法権と言うわけでもないので、巡査が追って来ることも考えられます。

当時の日本の警察はまだ戦前の国家警察の名残を残していて、一警察署長ですら内務省の管轄の下に国民生活全般にわたり強大な権限を持っていたと聞きます。内務省がGHQにより解体され地方自治体の下で民主警察がスタートするのは二年後の昭和二十三年頃です。

私は教室に入ってからも校門の方が気になり、しばらくは巡査が追って来はしないか心配でした。
幸いにして、その日は何も起こらずに済みました。
しかし、明日は何が起こるか判りません。
(あの巡査が校長室に現れ、自分を探し始めるかもしれません)
そう思うと落ち着きませんでした。
恐らく校長や担任の前で、また亡霊話をすることになり、再び笑い者にされるでしょう。
だからと言って、ゲンさんの遺骸をいつまでも放って置くわけにもいきません。

学校から帰ると、早速「馬捨て場」に出掛けました。
ゲンさんに現状報告をしておく必要があると考えたのです。
なかなか思うように事が進まないことを。
「馬捨て場」の前に立ち、
「ゲンさーん」                      
と呼んでみました。
しかし、何の反応もありません。
目の前の葦原は、そよとも動きません。
(何処かへ出掛けているんだろうか)
考えて見れば、昨夕は遅かったし、
「モウ暗イ。早ク帰レ」
とゲンさんは言っていました。
そうか、ゲンさんは「家の者が心配するので早く帰れ」と忠告するのが目的で出て来たのでした。
(優しいゲンさん、何で死んじゃったの?強いゲンさんが、あんな親父に何故負けちゃったの?)
そう思うと、涙が出て来て仕方がありません。
私は「馬捨て場」の前でしばらく泣きじゃくりました。
風も無いのに葦の葉が一瞬優しげに揺れた様に思えました。

ついでに、私は昨日行きそこなった「ぶっ潰れた家」を見に行くことにしました。
田舎道を登り切った広場に、萱や木材が乱雑に積まれています。
良く見ると、それは破壊された農家の残骸でした。
今日なら、さしずめ解体屋のショベルカーで解体された古い家屋の山と言ったところでしょう。
それを目の前にして私は呆然と立ちすくむだけでした。
これほど完全に破壊された建物というものを見たことがありません。
(これを人間の手で、しかも一晩だけでここまで破壊するとすれば、一体どれ程の数の人手が必要だろうか?)
どう考えても人間業ではありません。
私は周囲を見回しました。
機関車の車輪の跡らしいものは、全く見当たりません。
近くに在る自動車の事故現場と全く同じで、謎の物体による破壊としか言いようがないのです。
(その物体とは一体何だろう。やはり蒸気機関車の仕業だろうか。誰が運転しているのだろうか。なぜ、車や家を壊すのだろうか。しかもレールのない所を走ることが出来るとは、まるで幽霊機関車ではないか?)
私は「幽霊機関車」の正体を明らかにしたい欲望にかられました。
(「ゲンさん」の件もあるので、忙しいことになるぞ)
そう自分に言い聞かせて、その場を離れました。

翌日の登校は気が重くて休みたいぐらいでした。
作品名:幽霊機関車 作家名:南 総太郎