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ハイビスカスに降る雪

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 健治は大きなキビレハタの口から縄を入れると鰓へと通し、結んだ。それをユキに渡す。
「大切なお魚なんじゃないの?」
「いいって、いいって」
健治はその大きなキビレハタを強引にユキに渡す。ユキは遠慮がちに受け取った。
「ありがとう。楽しかったわ」
「こちらこそ、ありがとう。僕、人に釣らせるのが性分に合っているみたいだな」
 健治がにこやかに笑う。ユキも微笑みを返した。健治が空を見上げた。雲はゆっくりと流れている。まるで、時間を切り売りする都会の暮らしが馬鹿馬鹿しいみたいだ。
「僕はさっき思ったんだ。将来、漁師じゃなくて、釣り船を開いてもいいかなってね」
「釣り船?」
「そうさ。この島や近辺の島にはまだ釣り船がないんだよ。この島の魅力を伝えながら、人に魚を釣ることの楽しさを味合わせることができたら素敵だろうなって」
「素敵な夢じゃない」
 なぜかユキの瞳までが輝いて見える。
「僕はこの島が好きだ。人を楽しませることも好きだ。今日、新しい根も見つけたし、まだまだ知らないことはあると思うんだ。大人になるまでもっと勉強して、きっと釣り船を開いてみせるさ。ホテルなんかに負けないぞ」
 健治は熱く語った。その瞳には夕陽が映り、赤く燃えていた。ユキはそんな健治をどこか羨望の眼差しで眺めている。
「立派ね……」
「そうかな?」
「ホテルなんかに負けないって思うだけ立派だよ。私はホテルに負けたからね」
 ふっとユキの瞳が緩んだ。それは潤んでいるようにも見える。
「君にだって、まだできることはあるんじゃないかな?」
「そうかしら?」
 ユキが少し不安げな瞳を覗かせる。どことなく、困ったような目だ。
「はあ、私だって好きで生まれ育ったところを離れたわけじゃないのよ」
 ユキのため息は重かった。視線を手に持つ魚へと落とす。
「でも……」
 ユキはにっこりと笑って顔を上げた。
「あなたには元気をもらったかも。ありがとう」
 健治は照れくさそうに鼻の下をこすった。
「ねえ、お礼にいいものを見せてあげる」
 ユキが悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「いいものって何だい?」
「ふふふ、ナイショ。明日の夕方、あの丘に来て。昨日、出会った丘……」
「ああ、いいよ」
 健治は籠を抱えると、爽やかに笑った。ユキも笑っている。その顔はどこか憑き物が落ちたような笑顔だ。健治はそんなユキを見るのが嬉しかった。