ハイビスカスに降る雪
健治は今はっきりと気付いていた。ユキに寄せるほのかな恋心を。どこか不思議な雰囲気を漂わせる少女の魅力は、純粋な少年の心を虜にするには十分だったのである。健治はユキがこのまま、この島に住み、将来は自分の釣り船を手伝ってくれればいいとさえ思っていたのだった。健治の夢は膨らんでいった。
「明日、楽しみにしているよ」
「ふふっ、期待していてね」
ユキは白く長い手を元気よく振りながら、夕陽の中に溶けていった。それを健治は飽きることなく眺め続けたのだった。
「お前、じいさんの船でだいぶ沖まで行ってたそうだな」
夕食の時、父親が健治に向かって言った。
「女の子の前だったからちょっと格好付けたくてね。まあ、こうしてキビレハタも食べられるんだし、いいじゃないか。それより、いい根を見つけたよ」
夕食の膳には今日、ユキと健治が釣り上げたキビレハタが載っている。
「馬鹿コケ。お前一人だったと、与那嶺さんの話だぞ」
「そ、そんな馬鹿な!」
健治が箸を落とした。
健治には信じられなかった。ユキを支え、目の前のキビレハタを釣り上げたのだ。そう、その白く柔らかい身体の感触が、まだ健治の腕には残っていた。ただ、異様に冷たかったことだけは確かだが。
その翌日、健治は連絡船から降りると、一目散に家へと向かい、自転車に乗った。向かうのはユキと出会った、あの丘である。
健治の頭の中では、昨日の父親の言葉が反芻していた。船を漕いでいたのは自分一人だったという言葉が。それを否定したい気持ちが心の中を占めていた。
(ユキは幻なんかじゃない……!)
そう強く心の中で念じる。
鬱蒼とした木立を抜け、開けた公園に出る。
そこで健治は絶句した。
ハイビスカスの花に白い粉のようなものが積もっているのだ。健治は恐る恐る近寄ると、その粉に触ってみた。それはひんやりと冷たく、ユキの体温に似ていた。
(まさか、雪?)
健治は目を凝らす。すると、ハイビスカスの花に積もる白い粉は細かい粒になっており、よく見ると、それは模様のようになっていた。
「これは、雪の結晶だ!」
それは雪の結晶だった。健治は教科書で雪の結晶を見たことがあった。雪がどんなものか知らなくても、写真では見て知っていたのだ。
「ユキーッ、どこだーっ!」
作品名:ハイビスカスに降る雪 作家名:栗原 峰幸