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戦争をやめさせた一冊のマンガ

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火が鎮まると、隊長は韮山がマンガを投げ込んだ茂みへと向かった。もう、そこに人がいないことはわかっていた。
「ダメだ。見つからん。やっぱり敵が持っていったのかもしれん」
 程なくして、そう言いながら隊長が茂みから出てきた。
 隊長は韮山の遺稿を探していたのだ。
「はあーっ……」
 重いため息を二人でついた 

 小屋に戻り、韮山の遺骨と遺品を整理する。すると、遺品の中から描きかけのマンガが出てきた。
 完成させたマンガは敵陣に投げ込まれてしまった。ここにあるのは、どれも絶筆の、未完成作品ばかりだ。
「ううっ、韮山……」
 韮山の無念を思うと、また涙が溢れてくる。志半ばで逝った者の無念さは計り知れないものがあるだろうと思う。
 確かに隊長の言うとおり、この時代に生まれなければ、韮山は名だたるマンガ家として名をはせていたかもしれない。そう思うと、彼の死が悔しくてならなかった。
「この戦争が終わったら、この韮山のマンガを本にしてみせます!」
 私は隊長に向かってそう言った。
「うむ、韮山もきっと喜ぶぞ」
 隊長の目は優しげで、慈しみ深いものだった。

 それから、半月も経たぬうちに日本は敗戦を迎えた。その玉砕放送は見捨てられた我々の小隊にまで届いたのである。
 幸いにも敗戦までの間、我々の小隊への攻撃はなかった。
 私は韮山の遺骨を抱えながら、船で日本へと引き揚げた。そして韮山の家族に辛い報告をしなければならなかった。しかし、それは私の役目だった。私が責任を持って果たすべき任務だった。
 日本が敗戦を迎え、アメリカの占領下に置かれるようになり、国民は今までの価値観の転換を迫られた。しかしこの時、既に私はもう軍国主義者ではなかった。韮山が銃弾に倒れた時、野山信一という軍国主義者は死んだのだ。
 そして私たちを戦争に駆り立てた、戦中の野蛮で歪んだ愛国思想を強く呪ったものである。不思議なことに、敵への恨みは抱いていなかった。

「だめだ、だめだ。こんなマンガ、出版できない!」
 私は韮山の遺稿であるマンガを出版社へ持っていったが、門前払いを食わされてしまった。
 それは韮山の遺品から出てきた描きかけの原稿だった。
 未完成品ということもあったであろう。戦後になって、表現の自由が緩和されたが、やはり商品価値にならないものは切り捨てられていくのかと思うと、私の胸は痛んだ。