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戦争をやめさせた一冊のマンガ

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暖かい南の島では遺体の腐敗も早く、既に死臭が漂っていた。韮山の回りには多数の蝿が飛んでいたことを今でもはっきりと覚えている。
 しかし、私にはそれが汚らわしいとは微塵にも感じられなかった。
「韮山、韮山ーっ! すまん、すまん!」
 私は動かなくなった韮山にしがみつき号泣した。
 うつ伏せになった韮山を仰向けにすると、その死に顔は笑っていた。満足そうな顔だった。
「こいつ、マンガ一冊で本当に戦争をやめさせやがった」
 隊長が呟きながら、私に韮山の小銃を差し出した。思ったとおり、韮山は弾を一発も撃ってはいなかった。
 私はその時、初めて韮山の言った意味が理解できた。そして愚かだったのは自分だったと悟った。
「韮山もこの時代に生まれてこなけりゃなぁ。いや、韮山だけじゃない。野山、貴様や他の若者たちもとんだ時代に生まれちまったもんだよ」
 そう呟いた隊長の背中が妙に寂しく、そして小さく見えた。

 隊長と私は韮山の亡骸を荼毘に付した。
 ゴウゴウと燃える炎の中で韮山の肉は焼け、骨となっていく。
 周囲には肉や髪の焦げる、異様な臭気が立ち込めていた。私は火葬場でこの臭いを嗅いだことがあり、どうも好きになれぬ臭いであったが、この時は韮山の生きていた証の「匂い」として、私は鼻から肺の中へと吸い込んだ。
 隊長は韮山が荼毘に付されている間、敬礼を崩さずに彼を見送り続けた。
 私はただ打ちひしがれ、虚しく土を握り締めることしかできなかった。ただ、そう、韮山の「匂い」を吸い込みながら……。
 やがて、茶褐色の遺骨が姿を現した。韮山の遺骨である。
 焼いたばかりの骨は熱い。
 それでも私は、韮山の頭蓋骨を思い切り抱きしめた。掌が火傷をしたかもしれないが、彼が銃撃で受けた痛みに比べれば、痒みほどにも感じぬ。
 韮山の頭蓋骨の上に滴が落ちた。私の目からこぼれ落ちたものだ。それは私の頬を伝い、何度も何度も、頭蓋骨の上に落ちる。
「韮山、すまん……」
 そんな言葉をうわ言のように繰り返し、私は頭蓋骨を眺めた。
 涙でそれは霞んでしか見えなかったが、左の側頭部に弾丸の跡がある。
 頭を打ち抜かれてなお、気力でマンガを投げ込み、戦争をやめさせた韮山。そんな韮山に私たちは救われたのだ。
 この時私は、韮山からもらった命を粗末にはできないと思ったものだった。