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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「忘れられない」 第一章 始まり

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「私がふとここのことを思い出し旅することを決めたことは、彼の気持ちが込められたこの手紙に引き寄せられたのでしょうか・・・そう考えますと、何だか切なくて・・・涙を堪えることが出来なくなってしまいました」
「そうでしたか。拙僧でよければすべてお話になられて気持ちを軽くなされてはどうですかな?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて下さい」

有紀は自分の生い立ちから語り始めた。父が早くに亡くなり母と弟の4人で一生懸命に生きてきたこと。高校を卒業して就職し、明雄と交際していたこと。母の再婚でつかの間の幸せを楽しめたが、持病の悪化で世話をしなくてはならなくなってしまったこと。そして、結婚の話が出ようかという時期に明雄が海外へ転勤したこと。

その後は、手紙に書いてあったように、仕事関係の大切な人から紹介されて半ば強引に結婚させられてしまったこと。愛のない夫婦生活がやがて破綻し、その責任から仕事を辞めて父親が経営していた学習塾へ講師として働き始めたこと。50歳になって、父親を亡くし、やがて母親も他界し、独りになってすべてをやり直すために、大学4年の年に自転車で回った日本一周を今度はバイクで挑戦したこと。

旅を始めるに当たってどうしても忘れられない有紀への想いを手紙に認めて、この妙智寺に預けて懺悔しようと決めたこと。有紀自身が病に倒れて自分もまた再出発を考えていたこと、すべて話し終えた。

「人の世はままならぬのう・・・想いを寄せ合う同士が離れてしまうことは切ないことじゃからな。しかしのう、今このときにこうして二人が想いを確認しあえたことはまんざらでもないぞ。ちょっと待っていなされ・・・」

重徳は奥に入り、当時の宿帳を持ってきた。

「これは泊り客の書いた宿泊ノートじゃ、45年じゃったのう・・・あった!石原明雄君の住所と電話番号が・・・」

重徳は有紀にそれを見せてこう言った。
「今は変わって居るかも知れぬが、もし通じればそれは二人の運命を開くことになろう。通じなければそれが有紀さんの運命じゃ。後のことはご自分で考えられるがよかろう」

そうだ、それが今自分に与えられている運命なのだ。強くそう感じられた。
来て良かった。32年間の想いに最後のジャッジが下される。そう思い始めたことで、苦しかった闘病中の自分や迷い続けた明雄への想いに決着がつけられる。

電話の向こう側に明雄が出て、ほぼ30年振りぐらいに声を聞いたら、なんといえば言いのだろう。そう考えた。
「好きでした。今も変わりません・・・」いや、そうじゃない、「元気にしてるの?私はまだ一人よ・・・」違うな、そうじゃない。「手紙読みました。明雄さんへの想いは変わっていません。好きです・・・逢いたいです」・・・か。

寺を後にして、今夜の宿に着くまでずっと電車の中でそのことを考えていた。巡って来る強い想いと、もう逢ってはいけないという想い。今度傷付いたら、立ち直れない恐怖心から明雄の想いを知っただけでそのことを胸に仕舞ってあの世で再会しようと、そう考える自分も居た。

湯沢温泉の温かいお湯に身体をほぐされながら、まだ気持ちの整理が付かなかった。食事の後気分を晴らしにカラオケバーに入った。同じぐらいかもう少し上の世代のご夫婦で半分ぐらい席は埋まっていた。有紀の顔を見て、「ここへ座りなさい」とあるご夫婦が声を掛けてくれた。軽く会釈をして、言われるように隣に腰を落ちつけた。

「埜畑有紀と言います。よろしくお願いします」
「御丁寧に・・・私は森英之と言います、隣は妻の多恵子です。こちらこそよろしく。楽しく過ごしましょう」
マイクを持って大音量で唄っているためか、余り話し声が聞き取れない。今の自分にはそのほうが考え事をしなくて良い時間を与えてくれる気がした。

「森さんはどちらからお越しですか?」
「はい、愛知県です。埜畑さんはどちらですか?」
「ええ、大阪です」
「そうでしたか、言葉がそんな感じに聞こえましたから関西の人かと」
「すぐ解りますよね、関西人って」
「そうですね。私たちも解るようですよ、名古屋弁って」

有紀は明雄が話していたイントネーションに近いものを感じていた。
「そうですね、知り合いに居ましたから・・・名古屋の方が」
「そうでしたか!偶然ですね。お近づきになれて嬉しいです」

確かに偶然だ。明雄のことをずっと考えていた自分にこのめぐり合わせ。ひょっとしたら・・・明雄と話せるのではないかと、その前兆なのではないのかと、そんなふうにも考えてしまう有紀だった。

一人同じ年ぐらいの男性がマイクを握って唄い始めた。しっとりとしたピアノのイントロから始まるその歌は、今の有紀の心に沁み込む歌詞に聞こえてきた。

『たとえば、裁かれるぐらいの後ろめたさ、もう一度嫉妬も、情熱も知りたい。突然運命は、ガラスの椅子を見せて、危なげなその場に座るように手招きした。また、逢いたい。逢ってはいけないと、片方の目、片方の手、奪いながら苦しませる。何故こんなに哀しいのか、何故こんなに切ないの、その微笑み見えていても、声もかけられない。夢の中に隠しながら触れる・・・愛のアナタ♪』

もう有紀には周りの雑音が耳に入らなくなっていた。二番に続くその歌だけに集中していた。明雄への想いが歌の歌詞と重なる。甘く切ないピアノの伴奏が乾いた心に沁み込んで行く・・・

やがて二番の歌詞が始まった。

『坂道駆け上がり、乱れた息を重ね、永遠が怖いと思った日も覚えている。もう、あんなに心は燃えないと、思ったのに、誓ったのに、時は若さ繰り返して。ただ近くで風を感じ、ただ一緒に過ごしたい、海の深さ空の青さ、それを変えるほどに。夜の中で探るように触れる・・・愛のアナタ・・・
何故こんなに哀しいのか、何故こんなに切ないの。その微笑み見えていても、声もかけられない。夢の中に隠しながら触れる・・・愛のアナタ♪』

有紀の頬を伝う涙に森は感激した。
「歌を聞いて涙を流されるとは・・・思い出がおありだったのでしょうね。私ももらい泣きしてしまいました」
「お恥ずかしいですわ、この年になって忘れられないことにこだわっている自分が・・・」
「埜畑さん、みんな同じですよきっと、なあ多恵子。俺たちだって決して順調じゃなかったものな。苦労掛けたよ妻には・・・あなたの涙で私まで思い出してしまいました・・・」

森の妻多恵子は、夫の浮気に悩まされていたというのだ。もう20年以上も前のことらしいが。子供を妊娠して、出産して、二人目が生まれて、子育てに追われて・・・いつしか夫と向かい合う時間を無くしてしまった頃、淋しさのためか浮気に走ってしまったと言うのだ。

「そうでしたか・・・ご夫婦も長く続けているとそのようなことも起こるのですね。私はずっと独身で来ましたからお気持ちは解りかねますが、浮気は女性にとって堪えるものなのでしょうね」