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てっしゅう
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「忘れられない」 第一章 始まり

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頭をかきながら、「恥ずかしいことをしました」と照れていた。その視線の先は有紀をじっと見つめていた。一瞬目に入った裸を思い出したのか・・・有紀は自分の姿を見られたことに羞恥心がいっぱいになり、顔を合わせられなかった。明雄が去った後も、うつむいていた有紀に二人は、「どないしたん?顔赤いで・・・ひょっとして全部見られたん?あの人に・・・」

頷いた有紀に、「ほな、責任とってもらわなあかんな!」と久美は真面目に言った。


「責任とってもらわなあかんな、って言ったんだね」
「そう、真面目な顔して言うたよ久美は」
「そうなったからいいようなものの、志穂ちゃんと付き合ったりしてたら、恨まれるところだったね」
「志穂は結構アタックしてたからね・・・可哀相な気はしたけど、仕方ないね。明雄さんが好きになってくれたのは、私やったから」
「ああ、初めて見たときから有紀に惚れたんだ。裸見た責任を感じたんじゃないからね」
「わかってるよ、そんなんやったら逢わないし。私も好きになったからこうして来てるんやし」

妙智寺の恥ずかしい出来事から半年が経っていた。有紀は就職が決まり、来月から仕事に通う。明雄は内定していた名古屋の自動車メーカーに勤めることになっていた。ちょっと遠距離になるけど、月に一度は逢う約束をしようと話し合っていた。名古屋出身の石原明雄は京都の大学に通っていて、最後の夏休みに、自転車で日本一周に出ていた途中で有紀たちと同じ寺で出逢った。

初めは志穂が気に入ったのか猛烈にアタックしていたが、明雄の気持ちが有紀にあると知るとそれとなく身を引くようになった。諦めたのか譲ったのか解らないが、手紙と電話で何度かやり取りをして、有紀が卒業するのを待って交際を開始した。お互いに学業を優先しようと話し合っていたから、そうした。就職が決まり、卒業式も済ませて、有紀は堂々と好きだった明雄に逢っていた。

あの日の出来事から話題が始まり、久美が言った一言を聞かせる羽目になっていた。
「来月からボクは名古屋だから、有紀に逢えるのは月に一度ぐらいになるよ。我慢できる?」
「わかっていたことやし、かまへんよ。私もそっちに行くから案内してな」
「うん、いろんな所に遊びに行こう。ずっと仲良くしような」
「明雄さん、有紀のこと本当に好き?」
「もちろんだよ。誰よりも好き」

明雄の言葉が嬉しかった。逢えない時間のほうが長いけど寂しくないとこの時は思っていた。

有紀が働くようになって家計は少し楽になった。弟達にも少しは好きなものを買ってあげたりする事が出来た。母親は有紀が名古屋の明雄と付き合っていることを知っていた。何となく気配を感じて有紀に尋ねたら、「好きな人が居る」とはっきり答えられた。

この時代日本の景気は良く、就職難どころか求人難であった。忙しく仕事をして月に二回の土曜日と毎週の日曜日は定休日になっていた。休みの日曜日は母と弟達と一緒に遊園地に出かけたりしていた。奈良にあったドリームランドは特に楽しい場所であった。お化け屋敷で、きゃあきゃあ言って、ジェットコースターやロケットに乗って半日大声を出して楽しんだ。
帰りに奈良公園で鹿を見て、えさをやり、道頓堀で夕飯食べて帰ってくるのだ。

四月に入って二週目の日曜日に明雄はやって来た。約束どおり、逢いに来てくれた。デパートで買ったミニのワンピースを着て、新しいハイヒールを履いて明雄に逢いに行った。有紀の薄っすらと化粧をした目鼻立ちの良い端正な顔立ちと、モデルのようなスタイルは歩く男性を必ず振り向かせていた。みんなミニをはいていたが、有紀ほど似合っている女性は、なかなか見かける事はなかった。

近鉄で来ていた明雄は難波駅で有紀と逢った。たった一月なのに有紀の変わりように見惚れた。

「有紀・・・とっても綺麗だよ。変わるんだなあ女性って、ビックリしたよ」
「明雄さん、本当?綺麗になった?」
「ああ、一番綺麗だよ。有紀はもう誰にも渡さないから・・・」
「本当!有紀も明雄さんだけだから・・・」

自然に手を繋いで二人は地下街から上に出て、難波から心斎橋の方へと歩き始めた。
「有紀、給料貰ったから何かプレゼントするよ。欲しいものあるかい?」
「嬉しい!何でもええよ、高いもんいらんから」

握る手に力が入る。この幸せがずっと続くようにそれだけをプレゼントして欲しかった。


明雄の実家は名古屋市にあった。市内の有名進学高校から京大に受かり、下宿をして4年間を京都で過ごした。最後の夏に自転車で日本一周に挑戦して、その途中で有紀達と出逢った。日本海を北上していた明雄は鯨波の付近でタイヤがパンクした。自転車屋が近くになかったので、場所を聞きに回っていたが、どうやらこの辺りにはなく、困っていたら寺の住職が知り合いを紹介してくれて、何とか修理が出来た。そのお礼も兼ねて、その日は泊まる予定じゃなかった、妙智寺に宿泊したのだった。

有紀が明雄と仲良くなった事を知ると、久美と志穂は、「エエッ!ほんと?」とビックリした様子だったが、直ぐに祝ってくれた。最初好きになった志穂は、「残念やけど、有紀の方がどう見ても可愛いから、しかたあらへんな・・・次探すわ」とあっけらかんに言った。

久美はあまり男性に興味が無いのか、「うちは色気より食い気や!」と言って、痩せた体からは想像できないぐらいに良く食べていた。志穂は、「あんたな、そんなんしてたら、結婚でけへんで。食い気より色気ださなあかんわ!」と激を飛ばしていた。

進学した久美と志穂とは今も仲良く会っている。明雄の事をいつも聞かれるので、話していると、「ええなあ・・・うちも彼氏欲しいわ」と志穂が言い、「まだまだあとでええわ、今は美味しいもの食べて、いろんなところへ旅行したいし」と久美が答える、そんな繰り返しになっていた。仕事をしていた有紀は確実に大人になり始めている。明雄も大切だけど、久美と志穂も大切にしたい友達であった。暖かな風が吹き始めて風薫る5月のゴールデンウィークが目の前に迫ってきていた。

心斎橋に入って直ぐ左側に輸入雑貨の店があった。有紀はそこに明雄を誘った。

「ねえ、ここええ感じやわ。ちょっと見てかまへん?」
「いいよ、なんか素敵なものが買えそうだね」

見慣れた日本製と違い珍しいものがたくさんあった。ピンク色の食器とか、アロマキャンドルとか、ぬいぐるみとか・・・明雄は銀で出来たアクセサリーを見つけて、有紀とお揃いで買おうとそれを見せた。

「ええ感じやね。小さいほうが私で、大きいほうが明雄さんやね。気に入ったわ、これにしょう」
「解った、じゃあ買ってくるから待ってて・・・」

レジから戻ってきて、手を繋いで店を出た。
「お茶飲もうか?」
「うん、この先にええとこあるわ、確か色んな紅茶とコーヒー置いてはるから」

二階に上がってゆくとその店はあった。コーヒーの良い香がドアーを開けると薫って来た。席について色んなことを話した。少しして、明雄はじっと有紀の目を見ると、考えていたことを口に出した。