「忘れられない」 第一章 始まり
忘れられない 第一章 始まり
昭和45年8月、高校最後の夏休みに有紀は仲のよい友達3人で思い出作りの旅行を計画していた。女学校だったので、この旅で彼が見つかるといいね、と3人ではしゃいでその日が来ることを楽しみにしていた。
大阪に居た有紀は吹田で開催されていた万国博覧会の景気でアルバイトが忙しく、毎日のように喫茶店でウエイトレスをして、旅費を稼いでいた。もちろん、学校には内緒で、ばれたら謹慎ものだったが、片親の有紀にはそうするしか、旅費が出せなかった。他の友達は親から出してもらえるので、普通に遊んで夏休みを過ごしていた。
会うたびに地図を広げて、ここがいいとか、ここへ行こうとか意見がぶつかりあっていた。あまり長くは旅することが出来ないので、3泊と決めて、信州と北陸に出かけることにした。一緒に行くのは、同級生の久美と志穂。中学からずっと一緒の仲良しで、久美は陸上部のマラソンのエースだった。細身で日焼けした真っ黒な顔に白い歯と大きな瞳が印象的。志穂は部活はやっていなかったが、子供の頃からピアノを弾いていてなかなかの腕前であった。久美と対照的な色白でややぽっちゃりした可愛らしい感じが印象的。
有紀は誰もが認める美人。よく街でもナンパされる。女性の後輩からもたくさん手紙を貰ったりする存在だったが、性格が大人しいのか、一向に彼が出来ない。気位が高いとか、選び過ぎとか囁かれるが、まったく違う。
宿泊先は安い民宿かユースホステルにした。往復はがきを出して予約をする。一泊目は金沢のユースホステル、二泊目は柏崎の近くのお寺民宿、三泊目は松本のユースホステル。それぞれに予約受付の返信が戻ってきて、後は国鉄の切符を買うだけとなっていた。学割で信州周遊券を買う。急行が利用出来、何度乗っても均一料金の便利な切符だった。
セミの声が暑さに追い討ちを掛ける、8月10日に3人は大阪駅から東海道本線で米原まで行き、北陸本線に乗り換えて金沢を目指した。
有紀には弟が二人いる。高一と中二の二歳ずつ違う3人兄弟。父は優しく仕事も一生懸命していたが、有紀が高校に上がる頃、病気で死んだ。幸い勤めていた会社の退職金とお見舞いなんかで、学費は賄えたようだったが、大学へ行く余裕は無いから、この旅行が仲良しのみんなとの最後の思い出になるような気がしていた。
母親はパートで父が健在の頃にも働いていたが、亡くなってからは正社員の採用で自動車工場の下請け企業に就職した。有紀はアルバイトを終えるとすぐに家に帰り夕飯の支度と母の手伝いをしなくてはならなかった。3日間の旅行も本当はもっと長く行きたかったけど自分には限界のように感じていた。
旅行が済むと就職の面接がある。夏休み中に一次面接があり、合格者は9月に二次面接がある。母親の勤める会社の親会社へ就職希望を出していた。母からは、「社長さんが有紀を人事部の人によろしくと頼んでくれるそうだからきっと大丈夫よ」と言われていた。久美と志穂は大学に進む。そのまま上へエスカレートするだけだ。大半のクラスメートもそうするはずだ。
思い残すことがないように高校生最後の夏休みを楽しみたいと、毎日この日が来る事を待ち続けていた。その日の朝、弟達に、「お土産買って来るさかいに、おとなしく待っててや」と声を掛けて、母親に、「行ってくるわ。元気に帰ってくるさかいに、心配せんといて。電話するし・・・留守してゴメンな」そう言った。
家を4日も空けるのは初めてだった。中学の修学旅行で3日留守して以来だ。Tシャツにジーパンの格好で有紀はみんなの待っている大阪駅に向かった。帽子を被り、首にタオルを巻きつけている姿からは、彼が出来るような気配は感じられなかった。
3人を乗せた電車は午後になって金沢に着いた。もちろんみんな初めての土地であった。
兼六園に立ち寄り、中心街をぶらぶらして宿のユースホステルへ入った。三人が泊まる部屋は二段ベッドの置いてある4人部屋で、幸い自分たちだけの利用であった。夕飯までおしゃべりをして寛ぎ、食堂で川魚のおかずでご飯を食べた。外が暗くなってキャンプファイヤーが行なわれ、泊り客全員の紹介と簡単な挨拶の時間が来た。一通り紹介が終わると、手を繋いで輪になり、歌を唄った。
初めての経験をした3人は、こうした旅を楽しむ仲間が全国にたくさんいることを知った。大学生もいた。自分たちと同じ高校性も。そして社会人も。夢を語り、愛を語り、家族を語る。消灯時間まで気の合う仲間同士で語り合って時間を過ごした。
ユースの朝は早い。6時半には起きて体操をする。少し散歩もする。朝はパン食なので自分たちでトーストを焼く。牛乳と紅茶を選んで有紀は3人と食べた。昨日は10時に寝たので気持ちよく朝は起きる事が出来た。宿帳にメッセージをそれぞれが書いて、金沢駅に向かい、直江津行きの電車に乗り込んだ。今日は、天気も良く北陸も暑い。直江津の手前にある鯨波の海水浴場で泳いでから、傍にある妙智寺に泊まる予定だ。
お寺に荷物を預けて、着替えを済ませ水着姿で3人は海辺に歩いていった。お盆前の夏休みで浜辺は結構混んでいた。有紀は初めてスクール水着以外のワンピース水着を着た。久美も同じであった。志穂はビキニを着ていた。何度か海に来ているようだった。きっと彼がいるのだろう・・・いや、いたのだろうと言うのが正しいかも知れない。夕方まで遊んで、寺に帰ってきた3人は着替えて、ついでに入浴を済ませようと風呂場へ向かった。浴室は一つしかなく、入っている時は、札を「入浴中」にする約束事があった。
3人は空室と書かれた札を見て、浴室の中に入った。有紀は最初に裸になり、浴槽への扉を開けた。
「きゃ〜嫌だ!」
大きな声を出した有紀が更衣室に逆戻りしてきた。
「どうしたん?有紀」
久美が聞く。
「男の人が居やはった・・・恥ずかしい」
「ええ!ウソ、札は空室になっていたやん」
久美は少し開けた隙間から中を覗いた。
「居るやん!なんでやねん・・・寺の人に言いつけたろ」そういって、服を羽織り事務所に駆け込んだ。
住職と思われるお坊さんが、訳を聞いて風呂場へ足を運んだ。中に入っている泊り客に向かって、
「すみませんが、入浴される時は札をひっくり返してもらわないと、間違って女性の方が入られますと困りますから」
男性は頭をぺこっと下げて、
「すみません・・・うっかりしていました。先ほどの方に謝っておいて下さい」
と答えた。
有紀たち3人は寺の大広間で時間をつぶしていたが、少しして風呂場から出てきた男性に視線をやった。傍に来て、正座をして謝った。
「先ほどはすみませんでした。うっかりとしていたものでひっくり返すことを忘れていました。勘弁してください。今日ここに泊まる石原です。名前は明雄と言います。大学4回生です」
久美は怖い表情を崩さなかったが、志穂はタイプだったのか、少し近づいて、
「謝ってくれはったからもうええですよ。うちらは大阪から来た高校三年生です。よろしく」と愛想を振りまいた。
昭和45年8月、高校最後の夏休みに有紀は仲のよい友達3人で思い出作りの旅行を計画していた。女学校だったので、この旅で彼が見つかるといいね、と3人ではしゃいでその日が来ることを楽しみにしていた。
大阪に居た有紀は吹田で開催されていた万国博覧会の景気でアルバイトが忙しく、毎日のように喫茶店でウエイトレスをして、旅費を稼いでいた。もちろん、学校には内緒で、ばれたら謹慎ものだったが、片親の有紀にはそうするしか、旅費が出せなかった。他の友達は親から出してもらえるので、普通に遊んで夏休みを過ごしていた。
会うたびに地図を広げて、ここがいいとか、ここへ行こうとか意見がぶつかりあっていた。あまり長くは旅することが出来ないので、3泊と決めて、信州と北陸に出かけることにした。一緒に行くのは、同級生の久美と志穂。中学からずっと一緒の仲良しで、久美は陸上部のマラソンのエースだった。細身で日焼けした真っ黒な顔に白い歯と大きな瞳が印象的。志穂は部活はやっていなかったが、子供の頃からピアノを弾いていてなかなかの腕前であった。久美と対照的な色白でややぽっちゃりした可愛らしい感じが印象的。
有紀は誰もが認める美人。よく街でもナンパされる。女性の後輩からもたくさん手紙を貰ったりする存在だったが、性格が大人しいのか、一向に彼が出来ない。気位が高いとか、選び過ぎとか囁かれるが、まったく違う。
宿泊先は安い民宿かユースホステルにした。往復はがきを出して予約をする。一泊目は金沢のユースホステル、二泊目は柏崎の近くのお寺民宿、三泊目は松本のユースホステル。それぞれに予約受付の返信が戻ってきて、後は国鉄の切符を買うだけとなっていた。学割で信州周遊券を買う。急行が利用出来、何度乗っても均一料金の便利な切符だった。
セミの声が暑さに追い討ちを掛ける、8月10日に3人は大阪駅から東海道本線で米原まで行き、北陸本線に乗り換えて金沢を目指した。
有紀には弟が二人いる。高一と中二の二歳ずつ違う3人兄弟。父は優しく仕事も一生懸命していたが、有紀が高校に上がる頃、病気で死んだ。幸い勤めていた会社の退職金とお見舞いなんかで、学費は賄えたようだったが、大学へ行く余裕は無いから、この旅行が仲良しのみんなとの最後の思い出になるような気がしていた。
母親はパートで父が健在の頃にも働いていたが、亡くなってからは正社員の採用で自動車工場の下請け企業に就職した。有紀はアルバイトを終えるとすぐに家に帰り夕飯の支度と母の手伝いをしなくてはならなかった。3日間の旅行も本当はもっと長く行きたかったけど自分には限界のように感じていた。
旅行が済むと就職の面接がある。夏休み中に一次面接があり、合格者は9月に二次面接がある。母親の勤める会社の親会社へ就職希望を出していた。母からは、「社長さんが有紀を人事部の人によろしくと頼んでくれるそうだからきっと大丈夫よ」と言われていた。久美と志穂は大学に進む。そのまま上へエスカレートするだけだ。大半のクラスメートもそうするはずだ。
思い残すことがないように高校生最後の夏休みを楽しみたいと、毎日この日が来る事を待ち続けていた。その日の朝、弟達に、「お土産買って来るさかいに、おとなしく待っててや」と声を掛けて、母親に、「行ってくるわ。元気に帰ってくるさかいに、心配せんといて。電話するし・・・留守してゴメンな」そう言った。
家を4日も空けるのは初めてだった。中学の修学旅行で3日留守して以来だ。Tシャツにジーパンの格好で有紀はみんなの待っている大阪駅に向かった。帽子を被り、首にタオルを巻きつけている姿からは、彼が出来るような気配は感じられなかった。
3人を乗せた電車は午後になって金沢に着いた。もちろんみんな初めての土地であった。
兼六園に立ち寄り、中心街をぶらぶらして宿のユースホステルへ入った。三人が泊まる部屋は二段ベッドの置いてある4人部屋で、幸い自分たちだけの利用であった。夕飯までおしゃべりをして寛ぎ、食堂で川魚のおかずでご飯を食べた。外が暗くなってキャンプファイヤーが行なわれ、泊り客全員の紹介と簡単な挨拶の時間が来た。一通り紹介が終わると、手を繋いで輪になり、歌を唄った。
初めての経験をした3人は、こうした旅を楽しむ仲間が全国にたくさんいることを知った。大学生もいた。自分たちと同じ高校性も。そして社会人も。夢を語り、愛を語り、家族を語る。消灯時間まで気の合う仲間同士で語り合って時間を過ごした。
ユースの朝は早い。6時半には起きて体操をする。少し散歩もする。朝はパン食なので自分たちでトーストを焼く。牛乳と紅茶を選んで有紀は3人と食べた。昨日は10時に寝たので気持ちよく朝は起きる事が出来た。宿帳にメッセージをそれぞれが書いて、金沢駅に向かい、直江津行きの電車に乗り込んだ。今日は、天気も良く北陸も暑い。直江津の手前にある鯨波の海水浴場で泳いでから、傍にある妙智寺に泊まる予定だ。
お寺に荷物を預けて、着替えを済ませ水着姿で3人は海辺に歩いていった。お盆前の夏休みで浜辺は結構混んでいた。有紀は初めてスクール水着以外のワンピース水着を着た。久美も同じであった。志穂はビキニを着ていた。何度か海に来ているようだった。きっと彼がいるのだろう・・・いや、いたのだろうと言うのが正しいかも知れない。夕方まで遊んで、寺に帰ってきた3人は着替えて、ついでに入浴を済ませようと風呂場へ向かった。浴室は一つしかなく、入っている時は、札を「入浴中」にする約束事があった。
3人は空室と書かれた札を見て、浴室の中に入った。有紀は最初に裸になり、浴槽への扉を開けた。
「きゃ〜嫌だ!」
大きな声を出した有紀が更衣室に逆戻りしてきた。
「どうしたん?有紀」
久美が聞く。
「男の人が居やはった・・・恥ずかしい」
「ええ!ウソ、札は空室になっていたやん」
久美は少し開けた隙間から中を覗いた。
「居るやん!なんでやねん・・・寺の人に言いつけたろ」そういって、服を羽織り事務所に駆け込んだ。
住職と思われるお坊さんが、訳を聞いて風呂場へ足を運んだ。中に入っている泊り客に向かって、
「すみませんが、入浴される時は札をひっくり返してもらわないと、間違って女性の方が入られますと困りますから」
男性は頭をぺこっと下げて、
「すみません・・・うっかりしていました。先ほどの方に謝っておいて下さい」
と答えた。
有紀たち3人は寺の大広間で時間をつぶしていたが、少しして風呂場から出てきた男性に視線をやった。傍に来て、正座をして謝った。
「先ほどはすみませんでした。うっかりとしていたものでひっくり返すことを忘れていました。勘弁してください。今日ここに泊まる石原です。名前は明雄と言います。大学4回生です」
久美は怖い表情を崩さなかったが、志穂はタイプだったのか、少し近づいて、
「謝ってくれはったからもうええですよ。うちらは大阪から来た高校三年生です。よろしく」と愛想を振りまいた。
作品名:「忘れられない」 第一章 始まり 作家名:てっしゅう