妻の企み
妻の佳奈美は、老いてますます元気。
女学生の青春時代に戻ってしまったかのようだ。
毎日毎日、アルバイトにカラオケ、それに観劇。
その上にハイキング、写真、お食事会 … 等々。
まるで網から逃れた蝶々のように、青空を飛び舞っている。
「あ~あ、同じ家に住んでいても、俺は放ったらかしかよ …
これじゃ俺は、今でも単身赴任を続けているようなものだよ」
そんな嘆きが口をついて出て来る。
それもそのはず、家に居ても佳奈美には滅多に会わない。
そう言えば、最近佳奈美の肌に触れた事もない。
原因は、今流行の異室異床。
「イビキが五月蠅いから」と佳奈美に嫌われて、そうなった。
そんな事を思うと、直樹は急に疲れて来た。
そして疎水沿いにあるベンチに、よっこらせと一人腰掛けた。
家ではきつく禁止されている煙草に火を点け、ふーと煙を吹き上げてみる。
目の前では、疎水の水が上流から下流へと途切れる事なくさらさらと流れている。
それはまるで直樹の今までの時の流れ。
始まりがあり、そしてその行き着く先に向かって。
そして、今目の前にある流れはその途中だろうか。
そんな時に、直樹ははっと気付くのだ。
「佳奈美との結婚、途中ガールフレンドが出来たりで、その行き着く先がわからなくなってしまった事もあったが、
今このベンチに一人座っている事、これは今までの我が人生の結果であり、
まだまだ予想も付かない終点に向かって流れて行くという事なのかなあ」
直樹は寂しそうにそう呟いた。
そして、さらに、
「今ここに座っているという結果、これはひょっとすると、初めから佳奈美の企みで、
このようになるように誘導されて来た事なのかも知れないなあ」と一人頷いている。
そんな時に、直樹と同年輩の男性が隣にどっこいせと座って来た。
そして直樹に、小声で囁いて来る。
「アンさんも … 同じ境遇みたいですなあ」
直樹は、何の話しか詳しくはわからない。
しかし、つい答えてしまうのだ。
「まったく … 同じ境遇と言う事ですなあ」