二つのあいさつ
突然、俺の下がりかけた右肩に、重量感が乗ってきた。軽い痛みが
後ろを振り向くと、面接を担当してくれた部長の顔がアップで存在している。
部長は、俺の右肩に手の平を乗せたまま、あくびをかみ殺しながら、細い声でささやくようにつぶやいた。
「宝田君。ここでのあいさつは、おはようじゃ変だよ。元気ではあったが、時間がおかしい。今は20時過ぎ、交代の夜勤だから、『こんばんは』にしてほしい。それが、我が社の慣習だ」
「しかし……」
「まあ、仕方ないか。君はこの間まで、テレビ局に勤めていたからな。あそこでは、終日、『おはようございます』だったよね?」
「はい……」
「いいよ、明るいあいさつに害はない」
部長は、初めて満面の笑みを浮かべると、声を大きくして俺を力づけるように、次のように語りかけた。
「宝田君は、今日から仕事初めだから、少しでも慣れた仕事・環境がいいと考えてな。これから着替えて、会場セッティングの応援に行ってもらう。場所は、君が以前に努めていたテレビ局だ。さあ、がんばろう。前とはトラブルなく退職したそうだから、心置きなく行けるだろう」
部長の朗らかな声を聞きながら、喉の奥に急速な渇きを覚えた。
確かに、トラブルなくと、俺は面接答えたことを記憶している。しかし、部長ともあろう人が、本音と建前の区別もつかないのか。そうではなく、承知で試そうとしているのか?
以前の上司・同僚と顔を会わせるかと思うと……頭痛が再び始まる、はるかに強い勢いで。
何か言おうとする声が固形化して、喉から吐き出せない。
新たな同僚・先輩達が一斉に立ち上がる。柔らかく包んでいた照明が、闇と交代して退場していった。
ああ、今日はもう一度、「おはようございます」と言わねばならないのか。
窓の外では、人工的な光が、忙しそうに輝いている。