二つのあいさつ
明るいあいさつ
「おはようございます!」
俺は、最上の明るい声を発しながら、ひんやりとした扉を押し開けた。
その瞬間、室内に存在していた人間達が、一斉に俺の方向に顔を向けた。ぐったりと疲れた様子の男、眠そうな男、キビキビとした雰囲気の男……ここには、男しか存在していない。
自分を落ち着かせようと、大きく息を吐き出して、もう一回、元気よくあいさつをした。
「おはようございます。今日から、この会社にお世話になります、宝田と申します。前職の体験を生かし、少しでも早く皆様の足手まといにならないよう、日々がんばりますので、よろしくお願いします!」
決まった、とひそかに自負し、心の中でにんまりとした。
声のトーンもあいさつも、自分の元気で若々しさを、充分に発揮できたではないかと思える。前職とは全く異なる業種・職種だが、若さと体力には自信がある、と面接で伝えた通りの第一印象に成功したようだ。……
しかし、何か違和感がある。
俺を見つめる、けげんそうな顔、顔、顔、顔。誰もが無言のままである。
俺は異質な存在なのか?
待てよ。まさか、転職初日から遅刻でお怒り……。いや、時計を見るとまだ8時10分で、始業開始までには20分あり、文句を言われる要因はない。
淡く白い壁に囲まれた室内は、20坪程度の広さのようだ。若干原色が薄れた事務机・椅子が所狭しと並び、出勤している男達は、その半分に満たない。卓上のパソコンも半分は眠っている。
一体、俺が何かしたとでも言うのだろうか?
明るく、元気よくあいさつをしたのに、誰も返事をしてくれない。
側頭部に、重く鈍い頭痛が発生しつつある。前職をやめた原因のストレスと、初日から付き合わなければいけないのか?