花、咲き乱れる世界
6
その日、郷田三郎は休日の手持ち無沙汰を猫の額ほどの小さな庭に植えた木々と幾つかの鉢植えの世話に充てていた。
娘二人は十年程前に結婚して家を出ている。妻と二人暮しをしていたがその妻も五年前に病死した。
一人暮らしになった始めの頃は何かと戸惑う事も多かったが、元々器用でまめな性格なので、近頃では何も不自由を感じる事はない。
ただ、ここのところあまり見られなくなった三人の孫の顔を思いだすと一抹の寂しさを感じずにはいられない。
晴天で風が無いとは言え、一月の空気は冷たい。三郎は綿入り半纏の紐をきっちりと結わえ、首には毛糸のマフラーを巻き、指抜きの軍手を嵌めていたが、それでも体温が奪われ続けてゆく事がはっきりと自覚できた。
「精が出まんな」
低いブロック塀の向こうから声を掛ける者があった。
三郎が顔を上げると秀さんが一升瓶を掲げてにんまりと笑った。
「秀さん、昔っからそうだけど昼間っから酒ってのはなんだか尻がくすぐってぇよ」
「ん、まあええやないか。夜には山に戻らなあかんのや。久し振りなんやから付きおうてや」
二人は三郎の家に上がってコタツに入っていた。部屋には石油ストーブも燃えている。コタツの上には冷酒のコップと秀さんが駅前のスーパーで買ってきた惣菜の詰め合わせがプラスチックの容器のままに置かれていた。
「しかし、ほんまに久し振りやな、サブやん」
「女房の葬式以来だから五年ぶりだ」
「せやな――」
二人は途切れた言葉の代わりにコップの酒をグイと呷った。
「それで、そんな秀さんが今日はいったいどうしたってんだ」
「ん。仕事の関係でな、古い友人に会いに来たんや」
「なんでぇ、そりゃ俺より古い友達ってぇことかい」
「何いうてんのや。小学校以来の付き合いのあんさんより古い付き合いなんか有るかいな。大学んときの友達や。畑違いのな。それにやサブやんはワシにとっては一番新しい友達や思うてるで。
さあ、ええから酒を飲もうや。持ってきた酒は空にして帰らんと、気になってしゃあないさけな」
「へん、相変わらず飲み意地がきたねぇな」
二人は笑いながらコップを呷った。
その日、郷田三郎は休日の手持ち無沙汰を猫の額ほどの小さな庭に植えた木々と幾つかの鉢植えの世話に充てていた。
娘二人は十年程前に結婚して家を出ている。妻と二人暮しをしていたがその妻も五年前に病死した。
一人暮らしになった始めの頃は何かと戸惑う事も多かったが、元々器用でまめな性格なので、近頃では何も不自由を感じる事はない。
ただ、ここのところあまり見られなくなった三人の孫の顔を思いだすと一抹の寂しさを感じずにはいられない。
晴天で風が無いとは言え、一月の空気は冷たい。三郎は綿入り半纏の紐をきっちりと結わえ、首には毛糸のマフラーを巻き、指抜きの軍手を嵌めていたが、それでも体温が奪われ続けてゆく事がはっきりと自覚できた。
「精が出まんな」
低いブロック塀の向こうから声を掛ける者があった。
三郎が顔を上げると秀さんが一升瓶を掲げてにんまりと笑った。
「秀さん、昔っからそうだけど昼間っから酒ってのはなんだか尻がくすぐってぇよ」
「ん、まあええやないか。夜には山に戻らなあかんのや。久し振りなんやから付きおうてや」
二人は三郎の家に上がってコタツに入っていた。部屋には石油ストーブも燃えている。コタツの上には冷酒のコップと秀さんが駅前のスーパーで買ってきた惣菜の詰め合わせがプラスチックの容器のままに置かれていた。
「しかし、ほんまに久し振りやな、サブやん」
「女房の葬式以来だから五年ぶりだ」
「せやな――」
二人は途切れた言葉の代わりにコップの酒をグイと呷った。
「それで、そんな秀さんが今日はいったいどうしたってんだ」
「ん。仕事の関係でな、古い友人に会いに来たんや」
「なんでぇ、そりゃ俺より古い友達ってぇことかい」
「何いうてんのや。小学校以来の付き合いのあんさんより古い付き合いなんか有るかいな。大学んときの友達や。畑違いのな。それにやサブやんはワシにとっては一番新しい友達や思うてるで。
さあ、ええから酒を飲もうや。持ってきた酒は空にして帰らんと、気になってしゃあないさけな」
「へん、相変わらず飲み意地がきたねぇな」
二人は笑いながらコップを呷った。