花、咲き乱れる世界
2
それより約十ヶ月前――。
植物学者の保志秀和は、温室を管理する研究員から奇妙な報告を受けていた。
「先生、おかしいんです。季節外れもいいとこなのにあたしの二号温室の植物たちが花を咲かせちゃって……」
水野メイは大袈裟な身振りで力説するが、それはいつもの事で特に驚く事でもない。
保志はひと通り喋らせてから困ったような笑顔を浮かべた。短く刈り込んだ白髪はどことなく大工の棟梁といった雰囲気をかもしているが揃いの豊かな白い口髭がかろうじて容貌を学者に留めている。
「季節外れって言うてもなぁ。うちんとこは元々温度やら光やらを調節して季節を滅茶苦茶にしとるんやから、季節外れに咲くんは別におかしないやろ」
保志は老眼のメガネを鼻先へ落とし、上目遣いで水野を見上げた。手には研究ノートを持っている。
どうやら過去の研究結果を調べていたようだった。
「いや、そうなんですけどぉ。あたしが言っているのは、そういうのも全部無視して、全部の植物が花を咲かせちゃったっていう事なんです」
身長が一五〇センチメートルそこそこしかない小柄で華奢な水野であったが、声の大きさと元気さでは他者に引けを取らなかった。
「まあ落ち着きなさいって。とにかく見てみよか」
保志はノートを閉じて椅子から立ち上がった。
それより約十ヶ月前――。
植物学者の保志秀和は、温室を管理する研究員から奇妙な報告を受けていた。
「先生、おかしいんです。季節外れもいいとこなのにあたしの二号温室の植物たちが花を咲かせちゃって……」
水野メイは大袈裟な身振りで力説するが、それはいつもの事で特に驚く事でもない。
保志はひと通り喋らせてから困ったような笑顔を浮かべた。短く刈り込んだ白髪はどことなく大工の棟梁といった雰囲気をかもしているが揃いの豊かな白い口髭がかろうじて容貌を学者に留めている。
「季節外れって言うてもなぁ。うちんとこは元々温度やら光やらを調節して季節を滅茶苦茶にしとるんやから、季節外れに咲くんは別におかしないやろ」
保志は老眼のメガネを鼻先へ落とし、上目遣いで水野を見上げた。手には研究ノートを持っている。
どうやら過去の研究結果を調べていたようだった。
「いや、そうなんですけどぉ。あたしが言っているのは、そういうのも全部無視して、全部の植物が花を咲かせちゃったっていう事なんです」
身長が一五〇センチメートルそこそこしかない小柄で華奢な水野であったが、声の大きさと元気さでは他者に引けを取らなかった。
「まあ落ち着きなさいって。とにかく見てみよか」
保志はノートを閉じて椅子から立ち上がった。