氷解
金曜日の夜ということもあり、居酒屋はどこも混み合っていた。栄太郎たちが腰をすえたのは三軒目の居酒屋だった。チェーン店ではない、地元の居酒屋だ。それでも高橋係長と栄太郎の二人が座るのがやっとだ。すぐさま、女性店員がおしぼりとつきだしを持って飲み物の注文を伺いにきた。栄太郎はその店員の顔を見て愕然とした。
「さ、佐々木さん……!」
高橋係長の目も丸くなった。それは紛れもなく律子だった。艶やかな美しさはそのままに律子は口に手を当て、ただただ驚愕している。
「どうしてこんなところにいるんですかっ!」
栄太郎の口調は荒かった。胸の内で赤い憤怒の激情が噴出しそうだった。だが、すぐに高橋係長が栄太郎を制した。
「気持ちはわかるが、相手は客商売なんだぞ。いいじゃないか、月曜日に話を聞けば。とりあえず生二つね」
律子は注文を復唱することなく、カウンターの向こうへと消えた。栄太郎はややもすると殺気のこもった目でその行方を追った。
(何だよ、俺は道化師かよ)
そんな思いが栄太郎の頭の中で逡巡していた。栄太郎のはらわたは煮えくり返っていた。心の中で振り上げた拳を、振り下ろせないでいる気分だ。そんな栄太郎の心を見透かしたように高橋係長がクスッと笑った。
「まあ、落ち着け」
「はあ……」
栄太郎は気のない返事しか返せないでいる。
ビールを運んできたのは男性の店員だった。とりあえず、高橋係長と栄太郎はジョッキを鳴らす。高橋係長はグーッと半分近くのビールを胃の中へと流し込んだが、栄太郎はチビチビと舐めている。
「どうした、進まないようだな」
「こんなまずい酒、初めてですよ」
「ふふふ、そうかな。祝い酒になるかもしれんぞ。もしかしたら月曜日に保護の辞退届が提出されるかもしれん」
「それじゃ、自立にならないじゃないですか」
「よし、まだ見所はあるな。月曜日はきっちり話をつけてこい」
高橋係長はグーッとビールを飲み干した。
「お前も早く飲んじまえ。河岸を変えるぞ」
「はい」
栄太郎は苦味の強いビールをグーと胃の中へと流し込んだ。強い炭酸が栄太郎にゲップを吐き出させた。
「ふう……」