氷解
生活保護は最低生活を保障するとともに、自立の助長をその目的に掲げている。その目的のためにも定期的な家庭訪問を実施して個々の世帯の問題を把握することは必要不可欠なのだ。家庭訪問の頻度は問題が多ければ毎月となり、少なければ三ヶ月ないしは六ヶ月に一度となる。中には家庭訪問に拒否的な世帯もあったが、大多数が仕方なく受け入れてくれた。生活保護の地区担当員が財布の紐を握っていると思えば、家庭訪問を受け入れざるを得ないのが実情だ。
これから栄太郎が訪問する佐々木律子という母子家庭は毎月訪問することとなっていた。母子家庭の場合、子どものことや自立の計画など問題も多く、栄太郎のような地区担当員は逐一状況を把握し、助言をする必要がある。
栄太郎は公用車に乗り込むと、キーを勢いよく回した。車庫に爆音が響く。
「ふう……」
ため息を一回つくと、栄太郎はハンドルを握った。そして、公用車はゆっくりと滑り出す。
栄太郎は律子の家に行くのが辛くもあり、楽しみでもあった。その相反する感情をどのように整理してよいのか自分でもわからないでいる。ただ幸いなことに、律子は家庭訪問をいつも快く承諾してくれた。
律子には健一という五歳になる息子がおり、健一は今、保育所に通っている。これも律子が働きやすいようにと、栄太郎が児童福祉課に話をつけ、無理矢理頼んだのだ。健一はもうすぐ小学校に入学するが、やや言葉が遅い。律子はそのことを心配しているが、母親として至極当然な感情だと栄太郎は思う。そんな律子の不安のために栄太郎は児童相談所や就学指導委員会へも出向いたりしたものだ。律子はそんな栄太郎にいつも感謝をしてくれている。
「だったら、働けよ……」
公用車の中で栄太郎が独り言を唸った。
そう、律子はなかなか働こうとはしなかった。それが栄太郎には、「生活保護に胡坐をかいている」としか思えなかったのだ。
(今日こそは、何とか「働く」って言わせてみせる……!)
栄太郎はハンドルをギュッと強く握った。そんな栄太郎の前に律子の笑顔が浮かぶ。すると、信号が赤に変わった。
「畜生!」