氷解
律子は箪笥から一枚の手紙を出した。それを栄太郎が受け取る。栄太郎の顔が曇った。
「毎週、日曜日に担当と百日台公園で会っているでしょう。一緒に弁当なんか食べて仲がよろしいことですね。生活保護を受けているのに、担当とイチャイチャしてはいけませんよ。いい加減にしなさい。すべて知っているんですよ。それに働いているでしょう。もう生活保護は打ち切られますよ。市長に通報しますからね」
手紙には汚い文字で、そう書かれていた。
「畜生、一体誰が……」
栄太郎が思わず呻いた。
「心当たりがないんです。私、怖くって……」
律子の肩が震えていた。栄太郎は思わずその肩を抱きしめたい衝動に駆られるが、それをグッと抑えた。
「せっかく前向きに生きていこうと思ったのに……。私、くじけそう」
「こんなことでくじけちゃだめですよ。姿を現さず、こんな手段を使うのは卑怯者のすることです。負けちゃだめですよ。それに市長に通報されたって、佐々木さんが不利益になることはありませんから。生活保護だってそう簡単には廃止になりません」
栄太郎は自分に言い聞かせるように、強く頷いた。律子はまだ不安な顔を隠せずにいる。栄太郎は正直、心配だった。また再び、律子の心が闇に閉ざされてしまわないかと。律子には取り戻した、清らかな心のままでいて欲しいと思う。長年のうちに培われた氷壁のような心を、栄太郎が誠意を持って解かしたのだ。それをまた、厚い氷に閉ざすわけにはいかなかった。
「北島さんは心の支えなの……」
律子が栄太郎の瞳を覗き込みながら呟いた。だが、その顔がすぐ曇る。
「ごめんなさい。生活保護を受けている、子持ちの女の戯言なんて聞きたくないわよね」
律子が自嘲的に笑った。その悲しそうに笑う瞳が潤んでいた。だが、栄太郎は笑わない。真面目な顔で律子を見つめ返す。
「佐々木さんは私のこと……」
ここまできたら栄太郎も確かめざるを得なかった。律子の自分に対する気持ちを。栄太郎には確信があった。今までグレーソーンにいた自信が赤いマグマとなって噴出しそうだった。
「いつまでも苦しいままだと嫌だから言うね。好きです……。愛してしまったんです」
律子は今にも号泣しそうな顔をしている。不安と熱い想いが入り混じった顔だ。栄太郎は一旦、下を向くと、すぐに律子を見つめた。その瞳が限りなく優しかった。