氷解
「実は僕も、律子さんのことが好きなんですよ。そう、ずっと前から……。いつの間にか律子さんが僕の心を占領していましてね」
ついに栄太郎も素直に自分の気持ちを告白した。肩からスーッと力が抜けていく感覚を覚える。
「ああ……」
律子が栄太郎の胸の中に飛び込んできた。栄太郎がしっかりとそれを受け止める。焦らされた分だけ、想いが募った抱擁であった。
「ママー……」
奥の間から健一の声がした。しかし、栄太郎も律子も抱きあった背中を離そうとはしなかった。
翌日の朝、帰帆市役所の裏口、灰皿の前に栄太郎と高橋係長の姿を見ることができる。朝の清々しい空気に紫の煙が立ち昇っていく。栄太郎が高橋係長を煙草に誘ったのだ。
「どうだった、昨日は」
高橋係長が意味深な笑いを浮かべて、栄太郎に尋ねた。紫の煙が立ち昇っている。
「佐々木律子、自立しますよ。近いうちに生保は廃止します」
栄太郎は缶コーヒーをグイと煽りながら、自信たっぷりに答えた。口元には薄笑いを浮かべているではないか。
「ほう……」
高橋係長はビックリしたような顔で栄太郎を見た。今度は栄太郎の薄笑いも意味深と取れないこともない。
「大丈夫か」
「大丈夫です。『市長への手紙』が来ても文句は言わせませんよ」
栄太郎の瞳には力がこもっていた。そんな栄太郎を見て、高橋係長が不安げな表情をする。
「自信たっぷりだな。だが、過信も良くないぞ。足元を掬われないように気を付けろよ」
「ええ……。でも、大丈夫です」
高橋係長の顔が煙草にくすんだ。だが、栄太郎は気にしない。
「そこで係長にお願いなんですが、僕と律子の仲人をしてもらえませんか」
高橋係長の目が丸くなり、栄太郎の顔が満足そうに笑った。
「それが果たして自立と言えるのか」
「経済的自立ばかりが自立のすべてではないでしょう」
栄太郎はしたり顔でわらう。高橋係長の頬がフッと緩んだ。
「律子も仕事は辞めませんし、二人三脚で頑張ります」
「そうか……」
高橋係長は二本目の煙草に火を点けていた。フーッと肺の中で濾過された煙を吐き出す。視線は栄太郎に合わせることなく、はぐらかせていた。
「本気か」
「本気です」
栄太郎は高橋係長をまっすぐに見つめる。しかし、高橋係長は栄太郎と視線を合わせようとはしない。
「仲人……、引き受けて貰えますよね」