小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

氷解

INDEX|24ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

 それからというもの、毎週日曜日の日中、栄太郎は律子親子と過ごすのが日課となっていた。律子は今までのお礼だと言って、栄太郎の分まで弁当を持参してきた。栄太郎は恐縮しながらそれを頂いたのである。その姿は実に微笑ましく、仲睦まじいものであった。
 律子の仕事も順調であった。もともと気骨のある女性なのだろう、律子は弱音ひとつ吐かなかった。それどころか、活き活きとしているではないか。栄太郎もそんな律子を見るのが嬉しかった。すべては順風満帆に見えた。だが、一本の電話で事態は思わぬ方向へ進むことになる。
 ある月曜日の朝、栄太郎のデスクの電話が鳴った。
「はい、福祉事務所です」
「北島さんかい。このスケベ」
 やや低い男の声色は敵意剥き出しに噛み付いてきた。
「はあ」
「母子家庭の母親に手を出すなんて、あんたそれでも公務員かい」
 栄太郎は脳天に雷が落ちたようなショックを受けた。
「あんた、誰ですか」
「誰だっていいじゃないか、市民だよ、一般市民。それより恥を知れってんだ」
「私は何もやましいことはしていませんよ!」
 栄太郎が声を荒げる。すると、フロアが一斉に栄太郎に注目した。栄太郎は肩をすくめ、気まずそうにする。
「日曜日に佐々木とデートしているだろう」
「知りませんね。その方が生活保護を受けているかどうかもお話できません。守秘義務がありますので……」
「ああ、そうかい。じゃあ『市長への手紙』でも出そうかね」
 栄太郎は内心、焦っていた。『市長への手紙』とはいわゆる市民からの通報で、秘書課へ直接送られる。そんな内容の手紙が送られたら大問題となる。
「仮にその佐々木さんとやらとお会いしていても、仕事上でお会いしているだけですから」
「弁当を貰うのもかい」
 栄太郎の額から脂汗が滲んできた。栄太郎は記憶の中で、声の主を探していた。自分のケース、民生委員、あらゆる可能性を探るが、今ひとつ確証が持てない。ただ、確かなことは、相手は栄太郎に敵意を持っているということだ。そうした場合、誤解を解くのも容易ではない。
「だから、何にもないんですよぉ」
 もはや、栄太郎の声は哀願に近かった。緊迫した空気が電話線の向こうから伝わってきている。
「ふーん、じゃあ、やっぱり会っていることは認めるんだ。で、誰が信じろというの。それを」
作品名:氷解 作家名:栗原 峰幸