氷解
日曜日の朝、栄太郎はギターを抱えて百日台公園へと向かった。徒歩でもそれほどの距離ではない。百日台の駅を少し帰帆駅の方へ歩いたところに、その公園はある。その日は天気ものどかで、項を撫でる風が心地よかった。
公園に着くと、栄太郎はまっすぐにアスレチックのところへと向かう。だが、まだ律子と健一の姿は見えなかった。栄太郎はベンチに座ると、ギターを取り出し、チューニングを始めた。栄太郎のギター、エピフォン・カジノはエレキギターでもボディが薄く中空構造になっているため、アンプにつながなくてもある程度音が出る。チューニングを済ませた栄太郎はギターをジャラーンと掻き鳴らした。それは青空に気持ちよいほど吸い込まれていく。
栄太郎はビートルズの「ノーホエア マン」を弾き語りで歌い始めた。あれこれと妄想をめぐらす「どこにもいない男」は、現実にここにいる。そんなことを思いながら栄太郎は歌を歌う。
「歌もギターもお上手ですね」
栄太郎の背後から、不意に声を掛けてきたのは律子であった。健一がぴったりと律子にくっついている。その手には仮面ライダーの人形がしっかりと握られていた。
「ああ、こんにちは」
「やっぱり、来てくださったんですね」
「青空の下でギターを弾くのもいいもんですよ」
「おじしゃん、仮面ライダーの人形、ありがとう」
健一が律子に促され、屈託のない笑顔を浮かべて礼を言う。どうやら、まだ「ちゃ、ちゅ、ちょ」が上手く言えないらしい。栄太郎は健一の頭を撫でてやった。そんな二人の姿を律子は目を細めて眺めている。
「おじちゃんもね、仮面ライダーが好きなんだよ。その仮面ライダーは旧1号さ」
「旧1号って」
「健一君にはわからないかなぁ」
「ねえ、何のお歌、歌っていたの」
「ビートルズだよ。ノーホエア マンっていう曲さ」
「いい曲ですね」
律子が八重歯を覗かせながら笑った。その笑顔が栄太郎にはズキンとくるのだ。
「ああ、私も大好きな曲でね……」
健一は仮面ライダーの人形を振りかざし、遊んでいた。そして、そのままアスレチックの方へと向かう。その時もソフトビニールの人形を離さない。
「ポップな曲によく合う、ポップな空をしてますね」
「え?」