氷解
「北島さん、佐々木です。やりました。面接で即決でした」
「よかったじゃないですか。いやぁ、おめでとうございます」
「ちょうど、若手の人材が欲しかったところだったんですって。ラッキーでした」
「佐々木さんの情熱もあるんじゃないですか」
「そりゃ、こっちだって必死でしたよ。何せ、北島さんの顔に泥を塗るわけにいきませんからね」
「いや、泥は塗られ慣れているから平気ですよ。ところで、毎日仕事ですか」
「ええ、月曜日から金曜日までバッチリ。給与も手取りで二十万円くらいは貰えそうなんです。頑張れば正社員への登用もあるって……」
「ほう、それはこの時代、景気のいい話ですね。応援していますよ」
「でも、北島さんとはあまりお会いできなくなりますわね」
電話の向こうの声が少し寂しそうだった。その空気が電話線をしんみりと伝わる。鈍感な男性でもこのくらいはわかるであろう。
「ああ、平日、日中の訪問は難しくなりますね」
「私ね、よく日曜は子どもを連れて百日台公園に行きますの」
栄太郎の頭の中にピンとくるものがあった。百日台公園といえば、栄太郎のアパートからも程近い。そこはサッカー場や野球場、動物園まである市の総合公園なのだ。
「百日台公園ですか。あそこは遊ぶのにはいいですね」
「ご存知ですか」
「実はうちからも近いんですよ」
普通は地区担当員がケースに家の在処を知られるような言動は慎むべきである。しかしこの時、栄太郎は自然とそう言ってしまった。
「そうなんですか。健一があそこのアスレチックが気に入っていましてね」
「そうかぁ。ああ、私もたまには外でギターを弾こうかな」
「北島さん、ギターを弾くんですか」
「ええ、まあ」
「是非、聴かせてくださいよ。私たち、お昼ごろ公園のアスレチックのところに居ますから」
「わかりました。晴れれば、ね」
「健一とてるてる坊主を作っておきます。うわぁ、楽しみ」
律子のウキウキした声が受話器から聞こえてくる。栄太郎はそれが外に漏れないかと、内心冷や冷やしていたのだ。
「それでは失礼します」
栄太郎は冷静を装って受話器を置いた。椅子に座ると「ふう」とため息をつき、額の汗を拭った。