氷解
帰りは帰帆の駅に向かって、栄太郎と律子で歩いて帰った。律子が歩いて帰ると言うので、栄太郎も歩くことにしたのである。栄太郎は少し照れるような胸の締め付けを覚えながら、律子と一緒に歩いた。
「今日は本当にありがとうございました。職安って敷居が高いところだと思っていたもんですから……」
「普通の人にはそうでしょうね。僕はあの加藤さんとツーカーなんですよ」
「まあ……。でも、本当によかった。後は面接を頑張らなきゃ」
律子が一歩前へ出ておどけてみせた。その姿が自然であり、嫌味がなかった。そんな律子の姿に栄太郎もフッと笑う。だが、すぐに真顔になった。
「佐々木さん、昨日、お母さんと話をしてきましたよ」
「そう……」
すると、律子の瞳が急に寂しさを湛えたそれになった。
「お母さん、お金抜きで健一君との時間が欲しいそうです」
「果たして本心かしら」
「担当が相当きつく絞りましたからね。でも、言っていましたよ。『孫と居られると楽しい』って。そのためにお酒もパチンコも控えるそうです」
「えー、母がぁ……。信じられない」
「随分としょぼくれて、目が潤んでいました」
「あの母がねぇ……」
律子はまだ困惑したような顔をしている。今までの生活歴の過程の中で険悪な関係になった親子関係。給与まで搾取され募った不信はそう簡単に拭いきれるものではない。だが、栄太郎は親子関係修復のキーパーソンの役割を担っていたし、それを自覚していた。
「きっと、改心したお祖母ちゃんは健一君にもプラスになるし、あなたが働く上でも重宝しますよ」
律子は答えず、ぼんやりと空を見上げた。綿飴のような雲がゆっくりと千切れながら飛んでいく。律子はその雲を眺めながら、小さなため息をついた。
「しょうがないわね。そうは言っても自分の親だもんね……。本当、北島さんにはお世話になりっぱなしね。いつか何かお礼しなきゃ」
律子が悪戯っぽく笑った。その笑顔に栄太郎は一瞬、ドキッと心臓が高鳴った。
「お礼なんていいですよ。こっちは仕事ですから」
栄太郎は慌てて手を振った。心なしか顔が赤いような気がする。
「そう、仕事ねぇ……」
律子がぼんやりと呟いた。
金曜日の正午前、栄太郎のデスクの電話が鳴った。栄太郎はそれが律子からの外線だと直感した。
「北島さんに外線です」
上品な電話交換の声がする。栄太郎は吉報であることを祈った。